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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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23/30

23.分身

 車は保土ヶ谷バイパスを抜けて東名高速の上り車線を走っていた。


 硬いサスペンションの心地よい揺れに、香帆は忠通の肩にもたれて眠っていた。


 寄り添う手は固く繋がれていた。


 忠通は香帆の手の温もりを感じて、心の奥底から愛おしさが込み上げてくる。


 そして同時に香帆の事を守り抜けるのか不安な気持ちが広がってきた。


――香帆を守るためなら、俺の命を捧げてもいい。 


 幼少の頃に誓った想いは全く揺らいでいなかった。


「大丈夫よ。私も香帆を全力で守るわ」 


 忠通の脳裏にマザーの声が聞こえた。


「貴方が香帆と手を繋いているから……貴方の気持ちが伝わったわ」


 何故か忠通の目から涙が零れた。


――ありがとう……ございます。


 心の中で発した声も震えていた。


「忠通が命を捧げて香帆が生きても、香帆は貴方を失くし悲しむだけよ。だから簡単に命は捨てないで、

最後の最後まで生きて香帆の事を守るのよ」


「はい……」


 忠通は香帆さえ生きていれば……と考えていただけで、残された香帆の気持ちを全く考えていなかった

ことに愕然とした。


「世利さん、我々も全力で二人をお守りしますので、安心して下さい」


 助手席に座った中村小隊長が振り返って微笑んだ。


「え、聞こえたのですか?」


「無線機からマザーと世利刑事の声、聞こえていましたよ」


 忠通は苦笑いしながら零れた涙を空いた手で拭うと、向かい側に座っていた隊員達も力強く頷いた。





 輸送防護車は朝霞駐屯地正門前のゲートを抜け、特殊武器防護隊の建物へと向かった。


 通路には陸自の特殊車両が多数停車し、車両の周りに居た隊員たちが、敬礼して出迎えた。


 車は隔離室がある建物の前に停車した。


 後部扉が開き、先に降りた忠通が香帆に手を差し伸べてエスコートした。


 左右に並び敬礼する隊員たちの中央を、香帆は女性皇族のように優しい微笑みを返しながら通り抜け、

その後を忠通は従者の様に続いた。


 中村小隊長と北波医官、立花班長の三人に続いて隔離室の中に入ると、左右に置かれた長机の上には

パスタの瓶や密閉容器が三十個程並んでいた。


「おお、良くこれだけ集めたな」


 中村小隊長が天井のマイクに向かって声を上げた。


「皆、頑張りましたよ。調査した観測機器の七割の場所で綿帽子が確保出来ました」


「そうか……皆、ご苦労だった。ではマザー、端から順に確認して頂けますか?」

「分かりました」


 イヤホンから聞こえたマザーの声で、香帆はテーブルの一番端に置かれた密閉容器の前に立った。


 容器の中で白い綿帽子が微かに揺れている。


「これは私の分身です。香帆、また手を伸ばし受け取ってください」


 忠通が密閉容器持ち上げて蓋を開き、香帆の前に差し出した。


 香帆は掌を窄めて容器の中へ手を入れた。


 そしてそっと手を抜くと、指先に綿帽子が乗っていた。


「さあ、おいで」


 香帆が声を掛けると綿帽子は指先の上で次第に小さくなり、あっという間に消え去った。


 忠通は綿帽子が香帆の手に吸い込まれるのを二度見たが、また背筋に悪寒が走った。


 中村小隊長も唇を噛み締めて難しい顔をしている。


 いくら神様でも異物が体内に侵入するのは恐怖しかない。


 忠道を救う為とはいえ、憑依を承諾した香帆の覚悟に、忠道は感動を覚えた。


 端から順に確認を進め、ファザーの容器はすぐさま脇に置かれた大型の保管ケースの中に収められ、

マザーの分身はその場で蓋を開けて香帆の手で出迎えた。


 最終的に三十個のうち十個がマザーの分身だった。


「これで最後だよ」


 忠道はマザーを引き取り、空になった容器を机の上に置くと香帆に微笑んだ。


 香帆は静かに頷くと、緊張の糸が切れた様子で、テーブルの端に置かれた長椅子に腰を下ろした。


「小花さん、大丈夫ですか?」


 北波医官がペットボトルの水を差し出しながら声を掛けた。


「はい、大丈夫です。ただ身体が熱いだけです」


 香帆は受け取ったボトルの水を飲んで微笑んだ。


「マザー、これでどの位、力は取り戻せましたか?」


 香帆が問いかけた。


「八割は戻ったので、これでファザーの力を押さえる事が出来そうよ」

「では今夜、予定通り閣僚の救出を決行して宜しいでしょうか?」


 中村小隊長が訊いた。


「私は大丈夫です。香帆はどう?」


 マザーの問いかけに香帆は額の汗を拭き微笑んだ。


「私も行けます!」


 忠道は香帆が一瞬見せた、苦しげな表情を見逃さなかった。


「これからも……ずっと俺が傍にいるから、辛いなら辛いと言って欲しい」


 忠道の真っすぐな視線に、香帆は静かに頷いた。


「では選別が完了したので空き容器を片づけて、夜の作戦の準備に取り掛かろう」


 中村小隊長の指示で隊員達が手際よく撤収を始めた。


 忠道と中村小隊長は、ファザーの綿帽子を入れた保管ケースを眺めていた。


「これらが人に憑依していたら、もっと大変な事になっていましたね」

「犯罪が阻止できてよかったです。それに一般市民が綿帽子を確保してくれた分も回収できたので、

想定以上の成果でした」 


「これらはどうされるのですか」


 忠道が訊いた。


「この建屋の地下に危険物保管庫があり、騒動が収まるまでは、そこで保管する予定です。

それを知っているのは私と医官と班長の三名だけなので、敵に知れることは無いと思います」


「それなら安心ですね」


 忠道はそう言いながら、自分がそれを知った事で、再びファザーに憑依されたら……と不安を覚えた。


「それと大事な事を忘れていました」


 中村小隊長は部屋の隅に置いてあったボディバッグを忠通に差し出した。


「この中には例のパスタの瓶に封印したファザーの分身が入っています。分析の結果、細胞は検出

できず、生物としての特徴が全くありませんでした。但し綿帽子の微細な綿毛は動いており、憑依した

宿主を支配する能力を持っているので、未知の生命体としか言いようがありませんね」


「そうですか、やはり地球外生命体なのですね」


 忠道はボディバッグを受け取ると、背筋に寒気が走った。 


「一応、緩衝材を巻いておきましたが、くれぐれも割らない様にお願いします。では出発しましょう」


 忠通はボディバックの中身を確認し、持っていたタオルで瓶を包んだ。


 そしてチャックを閉めると、覚悟を決めて斜めに背負った。


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