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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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22/30

22.応援要請

 輸送防護車は川崎市多摩区から南下し、麻生区、青葉区、都筑区と四カ所を回った結果、マザーは

一カ所だけで、他の三カ所はファザーの分身が確保できた。


 車内には三つの密閉容器がジュラルミンのケースに厳重に保管された。


 そして輸送防護車は横浜署の駐車場へと乗り入れ、裏手の目立たない場所に停車した。


 すぐさま忠道は北沢係長に電話を入れ、署長と川上捜査一課長に駐車場まで来て欲しいと依頼した。


 香帆は開いた後部扉の端に座り、中村小隊長と忠道は警察署の裏口前で待っていた。


「信じてくれるかな?」


 香帆が訊いた。


「署長がファザーに憑依されてなかったら信じてくれるよ」


 忠道が笑顔で答えた。


「私が居ますので大丈夫ですよ」


 中村小隊長も香帆に微笑んだ。


 楽観的な性格の二人に、香帆の不安な気持ちも少し和らいだ。


 裏口の扉が開き、最初に顔を出したのは北沢係長だった。


「世利君、無事で良かった」


 係長は駆け寄って忠道の両肩を叩いて喜ぶと、後方から川上捜査一課長が不思議そうな顔で現れた。


「お前、いつ陸自に入隊したんだ?」

「指名手配されたので、迷彩服を貸して頂きました。これに防護マスクを被れば完璧です」


 忠道は腰にぶら下げた防護マスクを見せると、川上一課長は目を丸くして頷いた。


 太田署長が最後に現れると、中村小隊長が一礼して切り出した。


「朝霞駐屯地から参りました第一特殊武器防護隊小隊長の中村です」


「昨晩、記者会見室の生放送でお顔を拝見しましたよ。皆さんが来たときは世利刑事を救ってくれるんだ

と感激しました」


 署長が両手を差し出して握手を交わした。


「我々も我が横浜署のエースが指名手配されるなんてあり得ないと、本庁に抗議したのですが、総理の

命令だから従えの一点張りで困っていた所です」


「ご存じでしたら話が早いです。あきらかに総理大臣と閣僚達には悪意が憑依しています。悪意を持った

綿帽子を我々はファザーと呼んでいるのですが、我々はSPと連携して早急に総理大臣と各閣僚から、

ファザーを分離させたいと考えています。ただ閣僚の人数が多いため、人手が足りず横浜署のお力を

貸して頂けないかという相談に参りました」


 小隊長の申し入れを聞いて、署長は少し困った表情になった。


「協力は惜しみませんが、所轄ではなく警視庁に頼まれた方が良いと思いますが……」


「確かにそうですが、総理官邸に近い桜田門だとファザーに憑依されている幹部がいたら作戦が筒抜けに

なるので、協力は仰げないと判断しました」


「確かにそうですね。分かりました。では腕の立つものを人選しますので応援の数は?」


「総理含めて十八名の大臣に対してSPと我々特殊武器防護隊、そして横浜署から大臣一人あたり三名の

刑事に応援を頂きたいので総勢五十四名をお願いしたい」


「刑事だけだと人数が足りないので、機動隊や銃器対策課からも選抜すれば何とか出せると思います」


「それは心強い。では今夜遅くに各大臣が自宅に戻った所を急襲する予定なので、十九時に自衛隊の

市ヶ谷駐屯地に集合頂きたい。そこでチーム分けを行い、大臣毎の班を編成して作戦会議を行った上で、

決行したいと思います」


「承知しました。すぐ人選します」


 太田署長は中村小隊長と連絡先を交換し、硬い握手を交わした。




 一行は最後の目的地の上大岡にやってきた。


 観測機器は港南区役所の屋上に設置されている。


「間もなく到着します」


 立花班長の声で香帆が小窓から外を見ると、見慣れた景色が流れていた。


「地元だわ」


 車は区役所のエントランスに横付けされ、隊員たちは案内の職員に連れられてエレベーターで最上階へ

と向かった。


 そこから階段で屋上に出ると太陽光パネルと並んで観測機器が設置されていた。


「よし、かかれ!」 


 中村小隊長の指示で隊員達が機器の廻りを確認した後、立花班長がテンキーのボタンを押してロックを

解除し、観測盤を持ち上げた。


懐中電灯で中を確認するが綿帽子は発見できない。


「見当たらないですね」


 忠通や香帆も中を覗いたが、確かに何もいなかった。


「マザー、ここが一番強い宇宙線が飛来した場所ですが、分身は何処かに移動したようです。何処に

行ったか分かりますか?」


 香帆は忠通の顔を見ながらマザーに訊いた。


「見通しの良い所に立って下さい」


 香帆は屋上の一番端に立ち、辺りを見渡した。


「学校とお寺があるでしょう。その間をよく見て」


 香帆が視線を向けると、そこは港南中で三人の母校だった。


 視線を住宅街に移動すると、香帆の視界に見える景色が急に大きくなった。


 そして焦点が合うたびに建物を通り抜けて奥の建物が目に映った。


 それは見慣れた家だった。


「居たわ」

「これって私の家ですけど」

「今、三つの画面を見て機器を操作しているわ」


 香帆の脳裏に浮かぶのは、パソコンの前に座る妹の姿だった。


「多分、妹の愛です」

「さあ、行きましょう」


 一行はすぐさま輸送防護車に戻り、香帆の家へと急いだ。


 家の前に車を止めると忠通と香帆の二人だけで玄関先へと進んだ。


 鍵を開けて玄関に入る。


「愛、香帆よ。降りてきて」


 香帆の大声に、二階から愛がゆっくりと降りてきた。


 家に居るときはいつも楽なピンク色のジャージを着ているのに、今日は友たちの結婚式で使った

ドレスを着て髪もアップにしていた。


 一階に降りて目の前まで来ると、微笑んだ顔はブラウン系の上品なメイクをしていた。


「愛、一体どうしたの?」

「もうすぐお迎えが来るとマザーが言うから、お別れの格好をしたのよ」


「マザーと会話しているの?」

「うん、昨日の夜からずっと話しているわ」


 香帆は混乱した。


――マザーは自分の身体にいるのに、何故、愛と会話ができるの?


 するとイヤホンから笑い声が聞こえた。


「私の分身は個別に意志を持っているので話せるのよ」

「でもどうやってマザーと出会ったの?」


 香帆が訊いた。


「昨日の夜、コンビニに夜食を買いに行った帰りに、家の前で漂っている綿帽子を見つけたの。確保しなきゃと思ったけど容器が無いから、スマホの上に載せて家の中に運んだら、突然、スマホが喋り出してね。自分はマザーの分身だから大丈夫よというので、私の身体に来て頂いたのよ」


「愛ちゃんもいい度胸しているわ」


 忠道の言葉に愛はにやりと笑った


「急いでいるのよね。さあお別れです」


 愛はそういうと、迷彩服を着た香帆に近づき両手を広げて姉を抱きしめた。


 香帆も無意識に愛の身体を抱きしめた。


「さようなら。またいつでも遊びに来てね」


香帆の耳元で愛が囁くと、触れ合った頬から温かいものが伝わり、香帆の頬が熱くなった。


「ありがとう」


 香帆が答えると愛は頷き、身体を離した。


 そして零れた涙を拭いて微笑んだ。


「お姉ちゃん。あの後、綿帽子が抜け出した映像を幾つも見つけたから、編集してテロップをつけた

映像をメールで送っておいたわ」


「助かるわ。後で確認するね」


 香帆が微笑み返すと、愛は後ろに立っている忠通と香帆の顔を交互に見て微笑んだ。


「お姉ちゃんもやっと女になったのね」


 香帆は赤面しながら小さく頷いた。


「愛ちゃん、色々ありがとう。ところで学はまだ居るの?」


 後ろから忠通が声を掛けた。


「今は疲れてベッドで爆睡しているわ」

「そうか、一緒ならよかった」


 忠道は学の生存が確認できて安堵した。


「お姉ちゃんを……絶対守ってね」


 忠通は力強く頷いた。


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