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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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21.輸送防護車

 小隊長に促されて建物の外に出ると、目の前には輸送防護車が止まっていた。


 車体後部の大型扉から車内へと乗り込むと、小窓が左右に四カ所しかなく、扉が閉められると完全に

密閉される構造だった。


 隊員六名と忠道と香帆が乗り込むと、車はすぐさま動き出した。


「本来ならいつも使っている化学防護車で出動するのですが、今回は分隊毎に手分けするので、十名が

乗れる輸送防護車で行くことになりました。少し息苦しく感じますが、じきに慣れますので」


 助手席に座る小隊長が無骨に微笑んだ。


「この車は地雷にも耐えられるんですよね」


 香帆が訊いた。 


「よくご存じですね」


「以前、宇都宮駐屯地を取材したときに教えて頂きました」


 香帆が明るく答えている姿をみて、忠道は素直に感動していた。


 知見が広い香帆に対して刑事として犯罪者を追いかけるしか能がない自分との差は歴然だった。


「それ、私が説明しましたよ」


 目の前に座っていた立花班長が急に声を上げた。


「小花さんは横浜新聞の記者ですよね。綺麗な方だなと緊張したのを覚えています」


「その節はありがとうございました」


 急に親近感が沸いて、張り詰めていた車内はにこやかなムードに一変した。そして立花班長が思い出し

たように、後部の収納庫から備品を取り出し二人に手渡した。


「これは防護マスクをつけたときに会話ができる通信装置です。このコードの先についているスイッチを

押すと話が出来ます」


 二人は受信機を胸ポケットに入れてヘッドセットを頭に着け、送信スイッチを上着の襟に取り付けた。


 通話の確認を行った後、忠道が驚いた表情になり香帆に顔を向けた。


「マザーとはスマホで会話しているけど、この通信装置でもマザーの声が聞こえるのでは?」


「原理は同じだよね。マザー聞こえたら返事して頂けますか?」


 香帆の呼びかけに、少し待って……とスマホから声が聞こえた。


「マザーです。聞こえますか?」


 イヤホンからマザーの声が聞こえると、隊員達が驚いた表情で顔を見合わせた。


「良かった。これならスマホを手に持たなくても会話ができます」


 香帆はスマホをポケットに収めて、両手が自由になったと手を広げて見せた。


「マザーの声は聴けましたが、我々の声は聞こえますか?」


 中村小隊長が無線で訊いた。


「よく聞こえますよ。通信機を使わないときは、香帆に話し掛けて下さい。香帆には伝えてなかった

けど、貴女の聴覚も共有させて貰っているので許してね。決して貴女の全てを支配することはないから

安心して」


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 香帆は胸に手を当ててマザーに感謝した。


 探求心溢れる新聞記者としては、神様に憑依される経験など誰も無い筈だから、単純に喜んでいた。


 車は三十分程で、最初の目的地の川崎市にある多摩消防署に到着した。


 事前に訪問を連絡していたおかげで、消防署前の駐車場には消防署員が二人待機し、一行を出迎えた。


 後部扉が開かれると、完全防備の隊員達が車から降り、消防署員の後について階段を上った。


 忠道と香帆も作業帽にマスクをつけて顔を隠し、防毒マスクを小脇に抱えて最後尾について行った。


 屋上に到着すると、空調機器が並ぶ中、屋上中央の空いたスペースに宇宙線観測装置があった。


 ソーラーパネルの様な畳一畳程の長方形で、箱型のボックスの上に三十六個の黒い検出器が設置されて

いた。


「よし、これだな。まずは外部に綿帽子が付着していないか確認するんだ」


 中村小隊長の指示で六人が機器の周りを囲んで目視で確認したが、それらしきものは見当たらない。


「では次に機器の内部を確認する。全員防護マスクを着用。それから捕獲容器も準備するんだ」


 装備が整うと、中村小隊長はスマホを取り出し、学に教えて貰った機器の操作盤を開くパスワードを

確認して、機器の側面に設けられたテンキーのボタンを押した。


 ボタンの上部の赤いランプが青色に変わり、扉のレバーが操作できるようになった。


「よし、班長、レバーを動かして上部の観測盤を持ち上げるんだ」


 立花班長はレバーを倒して、上蓋をゆっくりと持ち上げ、懐中電灯で内部を照らした。


 機器の周りを囲んだ隊員達に緊張が走る。


「どうだ?」


「居ました。白い綿帽子が中央の配線の上に引っかかっています」


 香帆は班長の横で腰を屈めて中を除いた。


 確かに白い綿帽子だ。


 小声でマザーに綿帽子がファザーかマザーのどちらかを訊いた。


「それは私の分身だから大丈夫。香帆が素手で綿帽子に手を近づけてみて」


 香帆はすぐさま右手の防護手袋を外して、機器の中に手を伸ばした。


 綿帽子は吸い寄せられるように香帆の指先に乗り、一度跳ねて手のひらで止まった。


 香帆は機器からそっと手を抜いて、隊員達に綿帽子を見せた。


 タンポポの綿帽子は綿毛の下に種子がぶら下がっているが、マザーの分身は全体が綿毛の塊だった。

 

 よく見ると綿毛の部分が無風なのに生きているように揺れていた。


 忠道は躊躇うことなく素手を差し出す香帆の度胸に驚いた。


 マザーの分身だと分かっていても、未知のものを目の前にして好奇心より恐怖心を先に感じていた。


「この形を覚えておくんだ。それから撮影して他の班と共有するんだ。但し素手では触れないようにと

念を押してくれ」


「了解」


 立花班長がスマホを取り出して接写で撮影した。


「ではいいですか。これから一体になります」


 マザーの声がイヤホンから聞こえ、香帆の手に乗った綿帽子がゆっくりと手のひらに沈んでいった。


 周りの隊員達が怯えた表情で香帆の顔を見つめていた。


「大丈夫か?」


 忠道が訊いた。


「何ともないわ。なんだか暖かくてほっとした感じかな」


「それは良かった」


 隊員達は安心した表情になったが、忠道の心の中では不安感が拭えなかった。


 マザーの存在が大きくなっていくと、香帆が香帆でなくなるのではと。


 マザーが意識は支配しないと言っても、それは気分一つで、いつでも支配できるということだ。


――今はマザーを信じるしかない。 忠道は自分に言い聞かせた。


「ところでマザー、最初から気になっていましたが、この綿帽子は自分の意思で飛べるのですか?」

 香帆が訊いた。


「残念ですが風に吹かれて漂うだけでした。だからこのように着地した場所が閉鎖空間の場合、その場所

にずっと留まることになります」


 マザーが答えると中村小隊長が手を上げた。


「一つ教えてください。もし人以外の犬や猫などの動物でも宿主になるのですか?」


 小隊長の質問は忠道も疑問に思っていた事だった。


「散らばったマザーの視野を断片的に共有していますが、地面近くの景色が見える分身も居るので、

多分、犬や猫などの動物を宿主にしていると思います」 


「人以外の犬や猫は、どうやって見つければいいんだ?」


 小隊長が呟いた。


「犬や猫がファザーに憑りつかれたら、きっと悪さをするわ。そうしたら捕まって保健所行きかも」


 香帆の答えにイヤホンからマザーの笑い声が聞こえた。


「ファザーの分身が保健所という所に捕獲されたなら、そこに留めておけばいいわ」

「確かにそうですね。檻に入っていれば悪さ出来ないので静観で良いな。では次の場所へ行きましょう」


 中村小隊長の指示で、班長が開いた観測盤を閉じて観測装置を元に戻した。


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