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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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14/30

14.クラヴマガ

 中村小隊長はすぐさま待機している隊員達に防護衣の着用を命じた。


 隊員達は慣れた手つきで重装備の防護衣を着て無線交信の確認を行った。


「これ使って下さい」


 香帆が忠道のバックからパスタ用の瓶を取り出し、小隊長に差し出した。


「助かります。こちらでも幾つか用意していますが、どれもサイズが大きいので、綿帽子が出て大きさを

確かめてから、どれを使うか判断するつもりです」


 中村小隊長は瓶を受け取ると、蓋の開閉と密閉具合を確かめ、待機する隊員に手渡した。


 コントロールルームの隣にある準備室には八人の隊員がスタンバイを済ませて集まった。


「よし、段取り通り四人で世利警部補を押さえつけ、綿帽子を体外に出させて、残り二人で保管器具を

選定して確保するんだ。あとの二人は状況に応じてバックアップを頼む」


 コントロールルームの扉が閉じられ、モニターには準備室の映像が映し出された。


 先頭の立花班長が親指を立て準備OKの合図をすると、中村小隊長はマイクを握り


「今から突入します」と忠道に伝えた。


 頷いた忠道は丸椅子から立ち上がると、自ら手錠を嵌めてフロアーに横たわり、うつ伏せになった。


 扉が開き、重装備の隊員達が突入した。


 そして四人が忠道の身体を押さえつけ、遠巻きに見守る隊員達は、手に密閉容器を持っていた。


 蓋を開けて身構える中、押さえつけた忠道に変化は無い。


「どうした? 綿帽子は出ないのか?」


 中村小隊長の問いかけに、誰も返答しない。


 スピーカーからは激しい息遣いだけが聞こえた。


「もっと本気で……押さえないと……奴は出ませんよ」 


 ふり絞った声を発したのは忠道だった。


 言われた隊員達が更に体重をかけて覆いかぶさる。しかし変化はない。


「一度、手錠を外して……、改めて取り押さえて……下さい」


 再び忠道の声。


「外していいですか?」


 取り押さえていた立花班長が指示を求めると、小隊長はつかさず「外せ。油断するな!」と返した。

 一人の隊員が鍵を取り出し、忠道の手錠を外した。


 その瞬間、忠道の身体が浮き上がり、二人の隊員が床に転がった。


「何やっている! 早く取り押さえろ!」 


 中村小隊長の指示も空しく、立ち上がった忠道は抑えつけようとする腕を掴み、背負い投げで床に

叩きつけ、残った隊員の腹部を蹴って身を翻した。


 蹴られた隊員は、後ずさりしながら部屋の壁に激突した。


 ゆっくりと姿勢を正した忠道は、拳を軽く握って胸の前で上下に構えて腰を落とした。


 それは誰が見ても、戦い慣れた戦闘モードの構えだった。


「小隊長、これでは戦えません。防護服を脱いでいいですか?」


「ちょっと待て」 


 中村小隊長はマイクのスイッチを切り香帆に顔を向けた。


「世利警部補は空手の黒帯ですか?」


「いいえ、空手では無くイスラエルの統合格闘技を学んだと聞きました」

 

「クラヴマガだな……」


 中村小隊長は難しい顔をして腕を組んだ。


「よし、四人は防護服を脱ぎ、世利警部補を何としても拘束しろ。他の者は防護服のままで、抜け出した

綿帽子を確保するんだ。いいか綿帽子に触れない様に気をつけろ。世利警部補の構えはクラヴマガだ」


 中村小隊長の命令で四人の隊員達が防護服を脱ぎ、カーキ色のTシャツだけになった。


 身軽になった四人は近接戦闘の構えで忠通の周りを囲んだ。


「よし、いくぞ」


 立花班長が声を掛けたが、忠道の隙の無い構えで一歩も踏み出せない。 


「本気出してくださいよ」


 忠道がニヤリと笑った。


「陸自を舐めんなよ」


 立花班長が捨て台詞と共に一歩踏み出すと、他の三人も同時に忠道との間を詰めた。


 正面の班長は右ストレートを繰り出し、左右からは蹴りが飛んだ。


 瞬間、忠道は身を屈めて前方へと飛び、班長の腹部に頭突きを放った。


 ウッ!と低い唸り声と共に、仰け反る班長を抱きしめ、忠通は腰を浮かせて左右の隊員を蹴り上げた。


 スローモーションの様に三人は大の字で仰向けに倒れ、忠通は床に手をつき、前転で立ち上がった。


 そして唖然と立ち尽くす後方の隊員に向けて、忠通の手から丸椅子が飛んだ。


 慌てて避ける隊員の足元を、忠通の足払いが横切る。


 わずか数秒の戦いの後、その場に立つのは、忠通一人だった。


「おいおい、瞬殺じゃないか……陸自が刑事に負けてどうするんだ!」

 

 愚痴をこぼしながら、中村小隊長はマイクのスイッチを入れた。


「世利警部補、お見事です。我々は特殊武器防護隊なので、貴方には太刀打ちできません。どうすれば

憑依している奴を、貴方の身体から出すことが出来ますか?」


「今、私が勝ったことで、もうじき奴が現れます。今度は後ろ手で手錠を掛けるので、奴に入れ替われ

ば、私を拘束できると思います」


「分かった」


 小隊長はマイクのスイッチを切ると無線機を手に取った。


「倒れている四人はそのままの状態で、奴を油断させ、他の者は解放するふりをして、内側の扉を

開くんだ。奴が背を見せて歩き出したら飛び掛かって拘束しろ!」


「了解!」 


 小隊長の指示で防護服を着た四人は出口側へと移動し、二人が扉の左右に立った。


 忠道は部屋の中央に立ち、静かに息を整えていたが、急に申し訳ない顔をして声を発した。


「香帆、かっこいい所を見せたかったけど、ドジで御免な。無事に戻れたら夕飯おごるからな」 


 小隊長は徐にマイクを香帆に差し出した。


「忠道、私のことを庇ってくれてありがとう。夕飯は私がごちそうするわ……無事に帰ってきて」 


 マジックミラーの向こうで忠道は微笑み頷いた。


 そしてベッドに置かれていた手錠を手に取ると、左手首に嵌めてから手を後ろに回し、右手を嵌めた。


 そして静かに息を吐くと、立ったまま眠るように目を閉じた。


 数秒後、閉じた目がゆっくり開かれると、その視線は忠道のモノではなかった。


「ドアを開けろ!」


 中村小隊長の指示で入口の扉が大きく開いた。


「解放してくれるのか?」 


 忠道は後手のまま、一歩踏み出した。


 コントロールルームの張り詰めた静けさの中、「今だ!」と小隊長の声が響いた。


 怒りに燃えた男たちが一斉に蹴りと拳で打撃を与え、忠道を押し倒して覆い被さった。


 頭部だけフリーにして、全力で忠道を押さえつけた。


 ウウッ……と苦しむ忠道の声。


 そして頭部から白いモノがゆっくりと浮き上がってきた。


「出たぞ! 大きさはどうだ?」


 抜け出した白いモノが、綿帽子となって頭部から宙へと離れた。


「直径が五センチ程です。パスタの瓶で行きます」


 北波医官が蓋の空いたパスタ瓶を手に綿帽子へと近づく。


 ゆっくりと漂う白いモヤの様な綿帽子に、静かに瓶を近づけた。


 綿帽子の先端が瓶の口元に来た時、北波医官は震える手で瓶の蓋をそっと閉めた。


「確保出来ました!」 


 北波医官は蓋のロックを掛けるとパスタ瓶を持ち上げカメラに向けた。


「よし、念のため、瓶の蓋をテープで塞ぐんだ」


「了解」 


 バックアップの隊員が鞄から金属テープを取り出し、パスタ瓶の蓋と本体の結合部にテープを巻いた。


「世利警部補はどうだ?」


 小隊長の問い掛けに、北波医官が忠道の頸部に手を当てた。


「脈はあります」


 そして声を掛けて肩を揺らしたが、忠道の意識は戻らない。


「まずは手錠を外してベッドに寝かせるんだ」 


 中村小隊長の指示で立花班長が恐る恐る手錠の鍵を開けた。


 両手首から手錠が外されると、隊員達は一斉に身構えた。


 油断して味わった痛みと恨みはまだ消えていない。


「大丈夫そうだな」 


 隊員達は苦笑いしながら、忠道の身体をストレッチャーの上に寝かせた。


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