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魔、降る夜  作者: 夢出 啓示


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13/30

13.万物を司る神

 防護ガラスで隔てられたコントロールルームでは、防護服を脱いだ隊員たちがモニターの前に座って

忠道を観察していた。

 

 香帆は少しでも忠道に近い場所に居たいと、防護ガラスに顔を寄せた。


 無意識に、ため息が漏れガラス窓が曇る。


 忠道が庇ってくれなかったら、隔離室の中で横たわるのが自分だったと思うと、香帆はやるせない

気持ちに襲われ、唇をかみ締めた。


「そろそろ意識が戻るか?」 


 中村小隊長の問いかけに、隊員の中で唯一の医者である北沢医官が腕時計を確認した。


「既に一時間経過していますが、目覚めるかは分かりませんね。ティザー銃に撃たれても通常は気絶

しませんが、憑依していた何者かには影響大だったのでしょう。無理やり起こすなら炭酸アンモニウム

でも嗅がせますか?」


「それはきつそうだな。まずは声を掛けて、駄目なら顔に水でも掛けよう」


 中村小隊長の指示で、班長の立花がマイクのスイッチを入れた。


「世利警部補、聞こえますか?」


 全員の視線が忠道に注がれると、期待に応える様に頭が左右に動いた。


 立花班長がすぐさま天井に設けられたカメラを操作し、忠道の顔をモニターに映した。


 瞼がゆっくりと開き、辺りを見回すように視線が左右に動いた。


 そして左手を目の前に持ち上げて手を開いたり握ったりして、手の感触を確かめている様子だった。


 続けて右手を動かそうとした途端、手錠と拘束されている左足を引っ張ったまま、バランスを崩し、

忠道の身体はストレッチャーから転げ落ちた。


「世利警部補、落ち着いて下さい。貴方は自分で右手と左足に手錠を掛けました。そのままでは

立てないので、横にある丸椅子に座ってください」


 立花班長の声掛けで、忠道は横に置いてあった丸椅子に、不自然な姿勢のまま腰を下ろした。


 忠通は手首と足に掛けられた手錠を交互に見つめていた。


 そして徐に左手で手錠を掴み、右手を外そうと手首を廻した。


 痛みに顔が歪む。


 香帆が中村小隊長に近づき「私に話をさせて下さい」と小声で伝えると、中村小隊長は黙って頷き、

マイクを香帆に手渡した。


「忠道、香帆よ。聞こえる?」


 間を開けたが反応はない。


「喋れないなら手で合図して!」


 香帆の呼びかけに忠道の視線が一瞬動いたが、応える様子はない。


 いつもなら声を掛けると優しく微笑む忠道は、そこには居なかった。


 呆然と立ち尽くす香帆に、中村小隊長は変わりましょうと告げ、マイクを受け取った。


「君は誰だ?」


 辺りを見回した忠道の視線が、まっすぐ強化ガラスで出来たマジックミラーを見つめた。


『我々は万物を司る神、ファザーである。この星を創生し生命の息吹を与えた。そして約束のとき、

審判を下すために、再びこの地にやってきた……邪魔をするな!』 


 その低い声は忠道の声そのものだったが、香帆には他人の様に聞こえた。


「忠通だ……水を、水を飲ませてくれ!」


 一瞬、忠道の顔が苦しそうな表情を見せると、再び真顔に戻った。


「誰かペットボトルの水を持ってきてくれ」


 中村小隊長の声掛けに隊員の一人が扉のロックを解除して部屋を後にした。


『旅の途中、我らの船は壊れて制御を喪失し、この星の大気で燃え尽きた。我々は四散し、新たな宿主に

身を置いている……また邪魔をするな!』


「忠通だ。こいつらは国の権力者に取り付いて支配するつもりです。早く私の身体を押さえつけて、

こいつらを……出してくれ!」


 泣きそうな表情で訴える顔はまさしく忠道だった。


「忠道は……身体の中で戦っているの?」


 香帆が呟く。


「その様ですね」


 中村小隊長は厳しい表情のまま腕を組んだ。


「助けてあげられないのですか?」 


「すぐにでも助けたいが、世利警部補に憑依しているファザーの話しを聞いた方が、正体が掴めるのでは

ないでしょうか……」 


 中村小隊長の悲しげな眼差しに、香帆は静かに頷いた。


『この宿主は煩い奴だ』 


 忠通は顔を歪めて再び真顔に戻った。


『我々を捕えても目的は果たされる。早々に解き放て!』


 その尖った視線はマジックミラーを見通して、中村小隊長の視線と対峙している様だった。


「万物を司る神が、何故、人々を傷つけるんだ?」


『我々は滅亡の神である。この星に必要のない生物を排除するだけだ。邪魔をするな。我を解き放て!』


 中村小隊長はマイクのスイッチをオフにして、後ろで控える隊員たちの顔を見渡した。


「万物を司る神か、滅亡の神か分からないが、言う通り解き放つ事は到底出来ない。対話を続けて、

できる限り情報を得たいが、誰か意見はあるか?」


「最低でもここから出ない限り、これ以上の凶行は起きないので、中村小隊長の意見に賛同します」 


 藤木副隊長の話に、他の隊員たちは静かに頷いた。


「小花さんもそれで宜しいですか?」


 香帆は今すぐ助け出したい気持ちで一杯だったが、妙案が無い以上、従うしかない。


「また世利警部補の意識が戻ったときに、何か手が打てないか聞きましょう」


 そのときペットボトルの水を数本持った隊員が戻ってきた。


「よし、早速、天井クレーンで世利警部補に一本渡してくれ」


 中村小隊長の指示でマジックミラーの端にある小窓が開けられて、天井クレーンのフックの先に、

紐で縛ったペットボトルの水が吊るされた。


 制御盤の前に座った隊員が、慣れた手つきで天井クレーンを動かした。


 持ち上げられたペットボトルは、ゆっくりと部屋の中央に座る忠道の目の前へと移動した。


 全員が固唾をのんで見守る中、忠道は手を伸ばしてボトルを受け取った。


 そしてキャップを開けて飲み始めると、勢い余って口元から水が零れた。


 ウっ!と声を上げた忠道は慌ててボトルを放り投げた。


 しかし紐にぶら下がったボトルは大きく弧を描きながら回転して振り出しに戻り、忠道の顔へと水を

浴びせた。


 突然の災難に、忠道は丸椅子から転げ落ちた。


 そして床に倒れたまま、顔に着いた水気を払い落とそうと両手で何度も拭った。


「一体どうしたの?」


 香帆が呟く。


「水が苦手の様ですね」


 中村小隊長が小声で返した。 


「世利警部補は普通に泳げるから、顔に水が当たった位でパニックにはならない筈だけど」

「嫌がっているのは憑依したファザーの方ですね」


「水が弱点ってこと?」

「それなら色々手は打てますね」


 強化ガラス窓の向こう側、隔離された空間で、忠道はゆっくりと身体を起こし丸椅子に座りなおした。


 そしてズボンのポケットからハンカチを取り出し、濡れた顔を拭いた。 


 頭を振りながら乱れた髪を整えて、目の前で揺れるペットボトルに手を伸ばした。


 残り少ない水をゆっくりと飲み干し、大きく息を吐いた。


「忠道です。今、奴は頭から居なくなりました」


 突然の忠道の登場に、中村小隊長は慌ててマイクを取り上げた。


「身体から抜け出したのか?」

「いいえ。奴が私の意識を支配していましたが、多分、脳から居なくなっただけです」


「では何処に行ったのか?」

「多分、この辺だと思います」 


 忠道は自分の胸に手を当てた。


「そうか、奴からもっと話が聞ければ、何をしたいのか目的を探れるが、世利君はどうして欲しい?」


「もう話を聞く必要はありません。何を聞いても正直に答える相手ではないので、早く拘束して奴を

身体から出してください」


「そうだな……ちょっと待ってくれ」


 中村小隊長は相槌を打つとマイクのスイッチを切った。


「霞が関の官舎で倒れていた人々の意識が戻らないと聞いたが、その後の様子は誰か知っているか?」

中村小隊長が振り返って隊員たちの顔を見回した。


「三十分程前に聞いた話だと、全員、病院に搬送された後、声を掛けたり揺さぶったり、気付け薬の

炭酸アンモニウムを嗅がせたりしたそうですが、まだ意識は戻らないそうです」


「そうか……」


「世利警部補、警察庁長官の官舎で君が発見した人々の意識はまだ戻らないそうだ。君を拘束して

ファザーを身体から出しても、君の意識が戻るかどうか分からないが、それでもやるか?」


「はい、今すぐ拘束して奴を出して下さい」


「よし、分かった。すぐ準備するから五分待ってくれ」 


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