10.霞が関
本庁との会議が終わり、忠道が捜査本部を出ようとすると、宮下管理官のスマホが鳴動した。
管理官は電話に出ると、忠道に待てと手で合図し、すぐ行くと答えて電話を切った。
「逃亡犯達の足取りが掴めたそうだ。指令センターに同行してくれないか」
宮下管理官に促されて一緒に階段を駆け降りた。
指令センターの隣には、追跡調査室があり、そこで監視カメラを使って逃亡犯の追跡が行われていた。
壁一面に大小のモニターが並ぶ部屋に入ると、責任者が説明を始めた。
「正面に映っている複数の映像が、犯人達の姿です。それで監視カメラに映った場所を点で繋いで
いくと、ほぼ全員が霞が関方面に向かっていると思われます。霞が関は国会議事堂や官公庁があるので、
何を企んでいるのか見当もつきません」
大型モニターには関東一円の地図が広がり、その中に犯人達が映った監視カメラの場所が点で
表示され、事件現場を起点にして、線で繋がれていった。
そしてその線にコンピューターで計算した予測線が伸びると、すべてが交わった所が霞が関だった。
「よくやった。本庁に連絡を入れるので、変化があったらすぐ教えてくれ。世利君はすぐ出発するんだ。
もし霞が関の目標が判明したら、連絡するからまずは現地に向かってくれ」
「石村総理の会見は行かなくていいのですか?」
「総理の指示より、犯人逮捕が優先だよ。でも間に合うなら総理官邸の記者会見室へ向かってくれ」
「了解しました」
忠道は非番だったが、緊急出動する為、拳銃と手錠を受け取り、耐刃防護ベストをジャケットの下に
装着した。
すぐさま駐車場へ向かい、パトカーに乗り込んだ。サイドブレーキを解除した所で電話が鳴った。
スマホの画面を見ると香帆の名前だ。
すぐさま通話ボタンを押した。
「今どこ?」
「横浜署の駐車場だよ。これから石村総理のご指名で霞が関に行くところだよ」
「なら、私を一緒に乗せてくれない? 総理の記者会見に行きたいけど、交通機関は止まっているし、
都内に向かう道路は封鎖されているから、行く手段が無くて困っていたのよ」
「分かった。二分でそっちに行くから、新聞社の前で待っていてくれ」
忠道はパトカーを発進させて、深夜の横浜の街を、サイレンを響かせて走り抜けた。
横浜新聞社前に来ると路肩で香帆が手を振った。撮影機材を肩に掛けて、細い腕を伸ばす姿は、
相変わらず可憐だった。
香帆が助手席に乗り込むと、忠道はすぐさま車を走らせた。
「サイレン鳴らすパトカーに乗ったのは初めてだわ」
「緊急出動のとき、警官以外は絶対乗せられないけど、今日は特別だよ」
「助かったわ。本社から行ける人が居なくて、横浜支店にお鉢が回り、私が丁度、報告に来たから、
支局長命令で行くことになったのよ」
「休日なのに、お互いこき使われるな」
「でも忠道とドライブなら、とても嬉しいわ」
忠道は香帆の声を聞いて、愛おしさが心の奥底から湧き上がった。
パトカーは首都高入口の封鎖を敬礼一つで通過し、本線に合流した。
いつもの渋滞は無く、忠道は心置きなくアクセルを踏み込んだ。
香帆は後部座席に置かれたショルダーバックに気付いた。
「あのパスタの瓶を持ってきたのね」
「綿帽子が出現する場面に出くわすかどうか分からないけど、確保出来る物を持っていた方が、良いと
思ってね。でも素手で上手く確保出来るか分からないから、総理に自衛隊の特殊武器防護隊に出動を
お願いしたよ。それに確保出来たら朝霞駐屯地にバイオセーフティレベル4の施設が昨年完成したそうだ
から、そこで分析も出来るそうだよ」
「専門家が来てくれたら素人の素手より断然、安心だね」
景色が飛ぶように流れて、あっという間に首都高都心環状線への分岐が近づき、忠道はパトカーの
スピードを落とした。
環状線では、通行が許された救急車やパトカーと一緒に走り、霞が関出口へとハンドルを切った。
料金所を徐行して通過し、交差点では信号に従って車を止めた。
「早かったね。三十分もかかってないわ」
「開始時間には間に合いそうだね」
「余裕だわ。本当に助かったわ」
香帆の微笑みが、男臭い車内で輝いて見えた。
「総理官邸前でいいのか?」
「入口で降ろしてくれたら、あとは歩いていくわ。忠道はこれからどうするの?」
「自分も会見に同席する予定だったけど、逃亡犯達が霞が関に集結しているとの情報があるので、
ここで待機して連絡を待つよ」
「そうか、何か動きがあったら教えてね。それから……くれぐれも無理はしないで」
「分かった」
忠道は総理官邸のゲート前でパトカーを止めると、香帆が車を降りて検問を通過するのを見送った。
颯爽と歩く香帆の後姿は、いつ見ても惚れ惚れするな……と感慨に耽っていると、スマホの呼び出し音
が鳴った。
急いで電話に出ると「今どこだ!」と係長の怒鳴り声が響いた。
「総理官邸前に到着した所です」
「そこから目と鼻の先にある最高裁の東側に、警察庁長官の官舎があり、そこに逃亡犯達が集結している
様だ。すぐ向かってくれ。合同捜査本部にはこれから連絡を入れるので、現場が危険そうなら、本庁の
捜査員の到着を待つんだ。いいな」
「了解! それから念のため、特殊武器防護隊を出動させて下さい」
「分かった。すぐ向かわせる」




