目覚め
目を開けて視界に入ったのは無機質な白い天井だった。そのままゆらりと視線を巡らせば、小さな部屋――それでも私の部屋よりは大きい――の床に転がされているようだ。家具は何もない。どことなく痛む身体を抱えながらゆるりと半身を起こせば、床には不思議な陣が描かれているようだ。
魔法陣――だろうか。藍色のインクで書かれたそれを指で辿れば淡く光って消える。それ以上の事は起こらないようだ。
「ここは?」
蝋燭なのか油なのか――魔法なのかカンテラの中で淡い暖かな光が揺れている。
何故こんな所に。と考えて、『ああ』と小さく声を漏らしていた。確かと私は考えていた。ユスリハに呪いを解いて貰ったんだ、と思い出す。あんな怪しげなもの食べるから昏倒したのだろうか。けれど食べなければここにはいない。そのために感謝はもちろんしているし、会えばするつもりだった。
仕方ないと溜息一つ。
兎も角。皆は何処に言ったのだろう、と辺りを見回すが誰もいない。気配すら感じられなかった。
入口は一つ。小さな扉があるだけだ。元々は部屋に馴染む様に白い扉だったのだろうけれど、古いためか所々塗料は剥げ色が斑になっている。
よろよろと立ち上がって扉のノブに手を掛ければ、軋むような音と蝶番が擦れる甲高い音と共にゆっくりと扉が開いていた。
冷やりとした昏い廊下。
私はカンテラを手に取ると廊下を覗き込んで『おーい』などと呼んでみたが返事はない。この近くにいないようだが、何処に行ったのだろう。
左右に広がる廊下。しかも無駄に長いらしく突き当りは見えずに暗い。
……。
右か、左か。
こういう時は父直伝。運任せ。私は靴の踵を踏みつけると思いっきり足を振り上げていた。見事に宙を描いて目の前の壁にぶち当たってから地面に転がる。
足先を向けたその方向で……。
……うん。真っ直ぐは無いんたよ。思わず靴に向かって呟いてみたが答えはもちろん無かった。
「よ、よし、もう一回――」
「何遊んでんの? ……あのさぁ、前々から思ってたけどもしかしてアホの子?」
……前々から思ってたのか……。
右からオースが私を見上げるようにしてしゃがんでいた。呆れたような顔で。その横には薄らと光源が輝いている。
「ち、違うけど? こ、こここ、これは運動だし」
冷たい目で見るのを止めてほしい。慌てて靴を拾い上げながら、何事もなかったように咳払い一つ。
「そんなことより、ここは?」
オースはすっと立ち上がった。
「ああ、予想の通り『城』ん中というか端の方らしいぜ。俺はちょっと偵察」
「あの、ユスリハは?」
「生きてる。死んでないってだけで、近くの部屋に寝かせてきた――俺から見ればよくアレで動けて生きていたなって感じ」
どうやら瀕死になるというのは嘘では無かったらしい。あまりにも平然とかつ他人事の様に笑っていたのでどうにも現実的に捉えられなかったのかもしれない。
「見舞いにいくか?」
私は少し考えて顔を上げていた。
心配しないというのはない。けれど。
「後で――。どうせ何もかも終わった所でヘラヘラしながら登場しそうだし」
嫌いというか苦手ではあるが、人の死を望むほど人でなしではないと自分では思っている。私がそう言葉を紡いだのにはユスリハが死なないという何処か自信めいたものがあったからだ。大体本人も『寝ている間に研究』なんて馬鹿なことを言っていたくらいであるのだし。
オースは苦笑を浮かべていた。
「違いない」
空気を孵るようにして溜息一つ。私はカンテラを持ってを伸ばしながら言葉を紡いでいた。
「それで、ここからどっちに行けば良いのかな?」
窓一つない廊下と何処か湿った様な空気は地下を何となく思わせた。相変わらず、目を凝らしても暗い道の向こうは見えない。
「右……と言いたいところだけど、結局どっちに行っても同じところに出るからなぁ。ま、こっちに行ってみようぜ」
うんと頷けば歩き始めたオースに付いていく。
カンテラに照らされた廊下は薄暗い。壁に指で触れてみれば、ざらりとした剥き出しの壁がある。まるで急ごしらえで造られたようなそんな壁だ。
かつり、かつりと足音が響く。
「ここは魔法士たちが無理やり作った空間らしいぜ。アイツらというか人間は基本この城にいることは許されてないし、多大な魔力を使っても実際端っこにしか空間作れなかったってさ」
「……なんでこんな所に?」
「普通に考えれば、何をしても誰も咎めないからじゃね?」
そうか。魔法士って屑が多いんだったと何となく思う。いや、それほど魔法士を知っているというわけではないが、代表がアレであるし。
その代表すら使いつぶす組織だ。考えられないことはない。
「そうだな――あとは、竜を飼い殺したかったんだろう。各国にバレるといろいろ面倒だから。保護とか、人道とか? ま、ここは魔法士しかたどり着けないしな」
「よく知ってるね?」
はは。とオースは小さく息を零した。
「俺の推測。さて、と。所で聞かせてもらっていいか?」
カーブの辺りにさしあたった頃だっただろうか。オースが、ピタリと足を止めて振り返った。その赤とも青ともいえる双眸が私を見つめる。
「何を?」
「魔法の匂いがするんだけど……もしかして魔法が使える?」
魔法って匂うものなのだろうか。腕の匂いを嗅いでみるがよく分からない。けれどそう感じるならそうなのだろうと思う。私もあれは夢だと思っていたが。
本当に使えるのかはやはり分からないし、使い方も知らない。
「あの、えっと。よく分からなくて。夢で――」
「夢」
事の顛末を話せばオースは眉を顰めた。考えながら『精霊使い』とぽつりと呟く。
「俺は精霊とは相性悪くてさ、まともに教えることは出来ねぇけどさ、基本なら何とかなるかな。後は頑張り次第だと――」
「出来るの?」
希望に満ちた目で見つめれば、ぐっとオースは息を詰らせた。『で、出来ないけども』と何とか言葉を紡ぎだす。目を泳がせながら。
少し可哀相だったかも知れない。出来ないと言うことは分かり切った事だった。
「ひ、非常事態だし。仕方なくないか? 出来ないより、出来たほうがいいだろ? 伊達にオーサマの近くに侍ってないんだわ」
兎も角とやけくそ気味に掌を叩いていた。心地よい音が辺りに響き渡っていた。
まぁ――見て覚えるだけでも相当な天才の気もするけど。何となく、マムの自慢げな顔が頭に浮かんでくすりと零せば悔しそうに私を見つめた。何処か子供っぽい表情で。
本当は精霊を使いたかったのかも知れない。
「っ――はぱっと終わらすぞ」
多分。と自信なさげな語尾は小さく空間に消えた。




