炎の竜
結論として。
天才肌の教え方は凡人には分からない。『こうなんかぱーと意識を集中して……』『パーってなに?』『……だから手を翳してばぁだよ。集中して吐き出す感じ?』『何を?』『魔力?』『まりょく』そんな会話が繰り返されるばかりだ。いや、精霊士も魔力を放出するんだろうか。そもそもとして魔力の在り様が分からないのだけれど。
侃侃諤諤。意見をぶつかり合わせるだけで何も進まない。時間もないし、移動中の僅かな時間で何もできずに、私たちは大きな扉の前に立っていた。
人が使うのには大きすぎる。門と行っても差支えないくらいだった。ただ、そこには封印でもするかのように大きな槍――これはなぜか人間サイズ――がクロスする様に立てかけられている。
「……ここが」
圧迫感にごくりと私は息を飲んでいた。
扉の向こうに耳を立てれば、物音ひとつ聞こえることはない。ただ張りつめたような空気だけが感じられる。あまりにも張りつめているのか聞こえないはずの音が聞こえるようだった。まるで耳鳴りのような――怖気ずくような音だ。
でも。ここに、先輩がいる。退くわけには行かない。
「大丈夫か?」
声に私は隣を見た。緊張したようなオースの顔に軽くうなずいてから息を一つ吐く。長く深く。
一拍。私は睨みつけるように扉を見つめて、言葉を紡ぐ。
大丈夫ではないけど――そんなことは言わない。
「やるしかないよ。だから行く」
何とかなる。多分。と付け加えてから扉を軽く触れる。特に力をいれたというわけでもなく、触れただけであったが、槍は消え失せ驚くほど簡単に扉は重厚な音を立て、ゆっくりと開いていく。
そこには眩しい様な白い空間、が広がっていた。
何もない空間に一つ大きな『王座』がある。もちろんそれは人間用のものではないのだろう。大きく、そして何の飾り気もない。ただ長方形に整えられた大きな石を組み合わせただけのものだ。人間から見れば、椅子というより舞台の様に見える。その椅子から上を見れば、晴天が広がり雲が流れている。外の曇り方が嘘のように何処までも青く済んだ空が広がっていた。
その王座に一人の青年が人形のように座っている。広さを持て余し、足は地面に付いていない。その目は映ろ。その手足は鎖でがんじがらめでうっすらと血が滲んでいた。それはとても痛々してほどに。
どうしてこんなことが出来るのか――と感かに怒りが湧いた。
先輩――と言いかけて一歩足を勧めれば、壊れてしまった人形のように口を開く。双眸は相変わらずこちらを捉えていない。
「……どうして?」
「助けに来たんです」
「――たすけ……そう」
『そうか』という声の抑揚は今までの力無い声とは対照的に低く掠れている。『く、くくくくく』と噛み殺したような笑い声が口元から漏れていた。がくっと項垂れた頭はばっと折れそうな勢いで私を見る。
水色の優しい双眸は何処にもない。負の感情を煮詰めたようなどろりとした感情が浮かび血走っている。
歪んだ顔はもはや別人だ。
「よく来たな。大したもてなしは出来んが――ぁあ。共にここで精霊の終焉を見届けるがいい」
「終焉だと?」
そう言ったのはオースだ。それをつまらなそうに見てから、不思議そうに自身の手を眺めていた。今その手に鎖があるということに気付いたような表情で枷を撫でている。
「まさか、精霊がいなければ、この世界は終わるんだぞ?」
「仕方あるまいよ。命令に従わないのでな。従えば殺しはせんわ。まったく。こんな力を持っていながら力を振るわないとは情けない一族よ。だから、滅ぶ」
弾ける様な音と共に手の枷と足の枷がバラバラに爆ぜた。『ふむ』と手首を確認しながら対してことでは無いと判断したらしく私たちを見据えた。
もはや――先輩ではないのだろう。
主導権が無いと先輩が言った言葉が蘇えり私はこういう事かと拳を握っていた。
「お前は誰だ」
悔しさと怒りで、ぐっと唇を真一文字に結んでから私は言う。
「何をいう。ここ迄一緒に旅をしただろう? 数分だったか――まぁどうでもいい事か。まぁ、これからは『一緒』だがな」
クックと喉を鳴らしたが『一緒』という言葉と共に送られる視線に恐怖を覚えた。思わず後ずさりそうになる足をぐっと抑え込む。
「もしかして、あのオーサマ?」
先輩――は肩を竦めて見せた。
「分からんだか。いかにも。少し馴染むのに時間は掛かった気もするが。もはやこれは我の身体だ。如何様にも出来るし、世界は我のものだ。精霊すらもな」
「……此処から、一発逆転ってどうするんだよ。もうあっちの王様呼ぶか?」
苦虫を潰したような顔で、オースは呟いていた。『どうする?』と聞かれて私は頭を振る。
「出来るところまで、やるよ」
一歩を踏み出していた。何が出来るか。分からない。だけど、誰かが心の中で言っている。そんな気がする。
『進め』と。
「へぇ」
「……知っていますか? 陛下」
かつりと音がする。その歩みを見つめれながら青年は目を細めた。
「何を?」
「人には竜の力は大きすぎるって」
魔宝石の事もそうだけれど。人には強すぎる竜の力は扱い切れない。ユスリハだってそれほど扱えていた訳ではなさそうだった。
「我はもはや人ではないし、あれから託されたものぞ」
「大きな身体にちっぽけな魂。本当にそうでしょうか?」
ふわりと私の周りに風が舞った。花の匂い。清浄な空気。視界の隅に綿毛のような光を感じる。それに視線を向けることなく、私はピタリと立ち止まっていた。
なんだ。簡単じゃないか――なんてどこかで思いながら。でも身体からごそりと何かが抜けていき、ジワリと疲労が滲んでくる。
悲しいことに私ごときでは長く持たないだろうことはわかった。
「先輩。そこにいるんでしょう? 意地でもそこで制御をするなら引き摺りだします。後の事は絶対に何とかしますので、覚悟をお願いします。言いたいことはいっぱいあるけど、『一度殴ってもいいですか?』です」
「させると思うのか?」
精いっぱい余裕層に見えるようにして、にこりと笑って見せた。
「殺しませんよ。絶対に。私と先輩は此処から一緒にかえるんだから。今から、貴方をボコボコにします」
手を伸ばせば赤い炎に彩られた『竜』が現れる。それは雄叫びを上げ宙に舞い上がると急降下しながら青年目掛けて突き進んでいた。




