距離
「そう言えば、その目どうしたんです?」
ごく普通に流してしまったけれども。なんだか若気のいたり――若くもないが――というか、何というか。包み隠さず言えば『痛い』眼帯は取り払われている。何の意味があったのか無かったのか私には分からないけれど、その下には薄い水色の双眸が隠されていた。もう片方の目は相変わらず血のような赤であり、正反対の光を湛えている。
微かに――それは恐らく気のせいかと思うほどの――その髪は赤い色が抜けているようにも見える。
何体目かの『竜もどき』を倒してからユスリハは動かない腕を軽く撫でながら私を見た。あまりにも自然だったので、其れすら忘れていたけれども。
は。と楽し気に息を零す。
「漸く気付いた? 綺麗だよね? これ」
「……うん? まぁ」
綺麗と言えば綺麗だ。その目は不思議と先輩の目を思い出せた。
瓦礫の上。遠くを見ればこの島の『中心』が見える。地上からは分からなかった大きさは私たちが想像していた其れよりも大きく、どうやらこの国最大の首都よりも一回り大きいくらいだと言う。浮遊島の北端にある街に飛ばされた私からあれだけはっきりと大きく見えるのだからどれほど大きいのか想像など付かなかった。
「でも、あまり取りたくなかったんだよね。意識混濁起こすから」
「……何で取ったんだよ」
不機嫌そうに言うのはもう一匹『竜もどき』を倒したオースだ。いや、どんだけいるんだ。ととっ混みたくなるが、ユスリハが『ごめーん』とへらへら笑うので嫌な予感しかしなかった。
まぁ、聞けば聞きたくなかったとしか思うしかないが。
曰く。むかついたから嫌がらせに『被検体』を竜に変えてみたとか。誰に対して――と言えば魔法士達に対して。
その魔法士は逃げ出しているんですが。それは。とりあえず被検体も魔法士の端くれなので『問題ない』らしい。
……何が?
あの。すべてが終わったら処しても誰も咎めないと思うの。
ユスリハは不快そうに口をへの字に曲げた。
「僕が取ったわけでは無いんだよなぁ。まったく、誰が好き好んで、魔法使いから逃げるもんか。おねーさんを助けるためだけにここ迄跳んで来たんだし。お陰様ですっごい魔力使ってんだよね。ここは近い様で遠いから」
「私の為に?」
「間に合ってよかった、かな」
ふわりと笑うユスリハ。
……一瞬別人の様に――いや、先輩に見えて私は自分自身の頬を殴りそうになってしまった。殴る前に軽く振りれ切るようにして小首を振るとユスリハはコテンと不思議そうに小首をかしげて見せた。
何かの末期かもしれない。
大きく息を吸って吐いてから、眉間を軽く揉んだ。
よそう。この話題。私はパッと顔を上げる。
「あの。所で、オースはここ迄どうやって」
「こいつと同じだな。魔法。俺は平行移動だから簡単だったけど」
遠いなぁと暢気に城に目を馳せた。その周りにバサバサと竜もどきが跳んでいるのが分かる。ここまで来るのも、相当時間がかかっている。しかし一向に近づいた様子が見られないのは何故だろうか。
しかも竜もどきに襲われながら。
「それでどうして歩いてるんですか? 竜と戦ってまで」
「え。だからおねーさん魔法効かないから」
そう言えば、そうだった……。冷たい視線は『僕らだって、こんなことしていたくない』と言う思いがうかがえる。申し訳なくなって私は背中にだらだらと汗をかきつつ、あることを思い出してパッと顔を上げていた。
「で、でも。前にほら、私が魔法塔につれられた時に――」
「死ぬほど頑張ったと言わなかったかな? 魔法無効に魔法が触れないように空間を作って、その空間事運ぶなんて狂気だよね。今にして思えば。下手したらおねーさん爆発してたもん」
「爆発?」
どう考えても不穏な単語。その説明としてオースが口を開いていた。
「魔法の多重掛けと継続は持続集中力と魔力が試されるから……。俺はパスだし無理」
「うーん。ちなみに現在の僕は出来るけれど、成功するかちょっと微妙」
やる? と聞かれたので『結構です』とぶんぶんと首を横に振っておいた。命を掛けるのはちょっと。命あっての物種なので。
死後に再会は想定していない。
「――でもやはり遠いよなぁ。あの竜たちは動いている物に反応するんだろ?」
「だね。ここで生きている人間は魔法士だけだから」
うーん。何の最悪感も感じられない。へらへら笑っていらっしゃる。しかし不意に笑顔を消すと城に視線を投げて赤い髪を軽くかき上げた。
また、だ。そう思ったのは何故だろうか。見ていた私の視線に気付いて、ユスリハは私に目を向けるとにこりと笑う。
それはとても柔らかく、温かい。
「ま。でも。急がないといけないか。此処からでは日が暮れるし。僕達の体力が消える。この近くに移転陣があるはずだからそこまで行った方がいいね。かなりの距離が短縮されるはずだよ」
「移転……?」
「魔法を閉じ込めた陣だよ。そこに行けば一瞬で城迄だね。この島にはそう言った陣が張めぐされているんだ。君たちがここに来たのもその陣を使っているはずだ」
「だけど、魔法が効かないんでしょう?」
それに何の意味があるんだろう。私だけがまた取り残されて――また竜が現れて体力と精神が疲弊していくだけだと思う。
いつの間にか強く握りしめた弓をユスリハが気付いて、私の手から軽く解いた。
覗き込む赤と水色の両眼。だけれどその赤が何処か溶けるように端から色を失くしていっている。
水色に――。
「うん。大丈夫だよ。僕には何とか出来るから。けれどその前に、聞きたいことがあるんだ」
穏やかで嫋やかな声。けれど私を握る手は冷たく石のようだった。
「……え?」
「君はあの竜を殺すことが出来るかな?」
「な、にを言っているの?」
その問いにユスリハは――おそらくユスリハだったものは笑みを深めた。
「――殺すと約束してくれるのであれば、僕は君に力を与えよう」




