合流
――で。何故ここに居るんだ。と問えば、『それはこっちの台詞だ』とうんざりした表情で返したのはオースだった。
街の隅。これは万国共通なのかとは思うが、公園のような一角があった。とは言え、木々は枯れ果て、戦闘の痕が生々しく残っていた。辛うじて遺体のようなものが無いのは救いだけれども。適当な瓦礫から、樽や箱を持ちより椅子として活用する。
楽し気に樽に座ったユスリハは楽し気に足をぶらぶらさせていた。
成人男性……だったはずだが、身長も伴ってかもはや子供にしか見えない。もはや出会ったころのオース以下の気がしてきた。
ユスリハの作った氷をオースが炎で水にし、それぞれのカップ――調達して来た――に注いで渡す。それが疲れて疲弊した体に染み込み、私は大きく息を付いていた。
「私は、気付いたらここに。なぜか竜っぽいあれに追いかけられてたんだけど」
よく考えれば意味が分からない。途中まで王様とオースと一緒だったのに。扉らしき所を抜ければ私一人。なぜか殺しにかかってくる竜っぽいもの。
そう。竜っぽいものだ。本物を知っている私としてはなりそこないにしか見えない。ただ単に蜥蜴を大きくして翼を生やしたという感じだ。その目には力もなく、ただ怒りだけが支配している様に見えた。
「ぁあ。それはおねーさんが魔法効かないから落とされたんだよ」
考えを遮るように声が聞こえてパッと顔を上げる。
――本当に何でいるんだろう。このサイコ……人。おじさんが引き取ったはずでは無かっただろうか。
「魔法……」
「そ、魔法塔と王宮は魔法で出来た道で繋がってるんだよ。強い結びつきで繋がっているから門前払いは避けられたようだけれど、やっぱり耐えられなかったみたいだね。で、ここに落ちたってわけ」
したり顔で言っている。なんだか腹が立つのは気のせいでは無いだろう。そんな事は置いておいて、魔法が効かない――と言うことにいまいちピンと来ない。『はぁ』と私は曖昧に返事を返していた。
「皆が効くものなの?」
私はオースを見た。オースはなぜか気まずそうに視線を逸らしている。
「――基本は」
「へぇ。そうなんだ」
私は案外すごいのかもと手をまじまじ見るがよくわからない。もしかしたら胸にある魔宝石が特殊だったりするのだろうか。
……。
いや、ないな。ごく普通の宝石だと思う。ごく一般家庭に、本物があるとはどう考えても思えなかった。
「だから、さっきの竜もどきの炎は本当はおねーさんに効かないのだけれど。物理で殴られたら普通に死ぬから。よく頑張ったと思うよ」
「……へぇ」
炎で死なない……。死なないんだ。
へぇ。
炎を避け続けていた今までの苦労は何だったんだろう。脱力しそうになった 。
「そ、そうなんだ」
「そうだよ。でもって。ここは魔法塔の庭」
空気は読まないものらしい。うん。知っていた。ニコニコと口をユスリハは開いている。
「……物騒な庭だな。さすが魔法塔。趣味悪」
辺りを見回しつつ、オースは眉を顰めて心底嫌そうに言葉を紡いだ。そのオースに視線を向ける。
「いたのでは?」
確か、魔法塔から逃げ出して来たはずだ。オースは肩を軽く竦めて見せた。
「俺が居たのは、中央とは違う実験施設。なんでここに来たことはないよ」
尤もこんな不気味な所、来たくもなかった――などとうんざりしたように付け加えている。私も心の中で同感をしておく。
出来ればさくっと先輩を見つけて帰りたいんですが。ただ、疲れが取れないというのが現状で。先輩には申し訳ないけれども、もう少しだけ。もう少しだけで良いから休ませてほしい。
「僕も趣味が悪いのは認めるけれど、別に魔法士がこうした訳ではないからねぇ。魔法士達がここに来る前からここは『こう』だったんだよ。魔法士は間借りしているだけなんだよね。滅亡寸でで時が止まってしまった世界――」
ユスリハはその両眼を遠くに投げる。水色と鮮やかな赤。その横顔は何処か普段とは違う。何故だか大人びて見えた。
いや、成人男性なのだけれども。
「……ここは?」
「皆が目指すところだよ」
軽く口元が弧を描く。そのまま、ユスリハは樽の上にとんと立って大きく手を広げた。ワザとらしく。先ほどまでの表情は何だったかと言うように今では悪戯を思いついた子供のよう。
叩いても良いかな、と少し思ったり。
ユスリハは勿体ぶったかのように口を開いていた。
「ふふふ。ほら。街の人間が口を揃えて言うだろう? 一度はここに行きたいと。天上の楽園とか何とか」
「……それは」
言い淀んでちらりと空を仰ぐが、そこには曇天が広がるばかり。いつもの浮遊島を垣間見ることは無かった。
ちらりと辺りを見回せば灰色の世界。色鮮やかなものは何処にも無い。竜に護られた安全で満たされた世界や花々で彩られた美しい庭園などあるはずもなく。死体と瓦礫が折り重なっている。
信じたくない。信じられない。皆が『いつか』と信じていた世界がこんな所だなんて。
「嘘でしょう?」
困惑した私の表情を楽しむ様にユスリハは顔を破綻させて見せ、恭しく頭を垂れる。まるで舞台俳優が客人を迎え入れる仕草のように。
――ようこそ。竜たちの墓場。浮遊島へ。
ユスリハは静かにそう言った。




