弓矢
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追加分
次シーンの前に置くか迷いましたが、こちらの後ろに追加しました・・・
は、は。と息を切らせて私はその街を駆けていた。そう――街だ。先ほどまでいた王都よりも破壊された世界。辺りには折り重なるように人形のようなものが倒れていて、それが人間だと気付くのに数秒掛かった。ただ彼らの遺体には現実感はない。何しろ本当に『人形』ようだったからだ。青白い肌。光を失くしたその双眸は何も映していないガラス玉といっていい。衣服はかなり古びていて、薄百年程前の――教科書に出るようなデザインを皆が纏っていた。よくよく見れば破壊されつくされているが街並みも何処か古めかしい。
空を見上げれば薄く低い雲が広がっていて、その雲は何時までも動く事はない。燻った炎も、そこから立ち込める煙も動かない。音もないし、何の匂いもしない。
絶望も希望も此処にはなにも、ない。
この世界がまるで時を止めた絵画の中に閉じ込められているようだった。まさに絵に描いた地獄とはこのことか……。
ではなく。
そんな世界の中で私だけが絶望している気がする。
だって。
絶賛『竜のような何か』に追われてるから。ここに重々しい扉を開けてして来たのは良いんだけれど、どうやらオースと逸れてしまったらしい。扉を開けた。ただそれだけなのに、どう言う事なんだろう。何処かも分からないのに・・・。この不気味な世界をとぼとぼ歩いていたら、あの生物に会って敵意むき出しで追いかけまわされているのだ。
いや、死ぬ。死ぬから。
「いやぁあああ」
何故他は『絵』のようなのに、あの生物だけは、生き生きしているのか。命の危機を犇々と感じるのは気のせいでいてほしかった。
口から吐いた息は炎を伴い、辺りを焼き尽くす勢いだったが不思議な事に燃えない。なら、私も燃えないだろう。と思える訳が無いよね。
だって、熱い。炎に近づいただけで、髪の毛がチリチリと焼ける嫌な匂いがした。
あ、これ。死ぬな。ということで、全力で走ってます。瓦礫をかき分けて飛び越えて。躓きそうになるのを必死に堪えて。
ただ、このままでは私の体力が尽きた時点で終わることは目に見えていた。少しでも、少しでも戦う力があったら良いのだけれども、相変わらず何の力も持っていなかった。こんなことなら家族に鍛えて貰えばよかった――などと考えても後の祭りだ。
重くなる足。息が上がる。辺りには動いているものなどいない。もちろん助けてくれる物などいない。もちろんオースと王様など影も形も見当たらなかった。
死――いやいや。と私は嫌な考えを振り切ってから、辺りを見回していた。酸欠で回らない頭。狭くなっている視界。
それでも、死ぬのは嫌だ。その一心で私は『なにか』を走りながら探していた。
折り重なる遺体には、市民から兵士までいる。何かと戦っていたのか、彼らはいずれも武器を持っているようだ。もちろん、私にそれは扱う事は無理だ。でも――。
「ごめんなさい、借ります――つ」
私は近くの『弓』を手に取って構えていた。一瞬兵士の手から取れずに焦ったけれど……まん丸な黒い瞳が恨めし気にこっちを見ているような気がするけれど背に腹は変えられない。
というか、こんなもの効かないと思うけれど、目くらましになればいい。
弦が切れない事を祈りつつ、私は力いっぱい引いていた。伊達に田舎で暮らしてはいないし、脳筋一家の家族をしていないので。
「――」
久しぶり過ぎて力が足らない。体力と集中力が無さ過ぎて視界がブレる。どくどくと鳴る心臓の音。
かぱっと 『竜』が大きな口を開くのが妙にゆっくりと見えた。その奥にはすべてを焼き尽くす炎が濃縮されて空気が熱で歪んでいる。
圧倒的な死の気配に私の手足が震えた。心臓が鷲掴みにされたように呼吸が詰まる。恐怖が心に絡みついて、指を引きはがすことが困難になっていた。ジワリと全身から汗が噴き出す。瞬きすら出来なくなった両眼は大きく見開いてそれを見つめていた。
ダメだ。ダメだ。ダメだ――分かっているのに、何も身体は言う通りに動いてはくれない。焦る度にさらに身体が強張っていく。
まずい。
まずい。本気で死ぬ――。刹那脳裏に浮かぶのは懐かしい記憶で。記憶の底にある華奢で頼りない。けれど優しい少年が微笑んでいた。
「……せん……」
かすれた声は誰にも届かずに空気に溶けていく。私は死ぬのだろう。こんな所で、ここ迄来たのに。何のために、誰の為に――それがとても情けなく思えた。
そんなのは、嫌だ。嫌なのに、何一つ言う事を聞いてくれない。その細胞一つ迄。私は目を開きながら自分の死を見届けるしか無かった。
そのはずなのに。
『大丈夫だよ。――指、放して』
ふわりと風が私に纏う。静かで柔らかい聞き覚えのある声が耳に届いた。
『エリアルは出来る』
それはまるで意思を持ったように見えた。真っ直ぐに向かっていく鏃は炎を切り裂き、竜の喉元に突き刺さる。あまりにも小さな棘。だけれど――。
瞬きの間。足止めするのは十分だった。
その瞬きの刹那――。
「よくやった」
「凄いねー。じゃあ、後は僕らに任せて」
風が私の横を通り過ぎ、氷と炎の刃が竜を拘束し、貫いていく。それを視界に映したまま、私は呆然と立ち尽くしていた。




