嫌な再会
――後は協力者に聞いてくれたまえ。王様は確かにそう言っていたけれど……と私は見た瞬間に頭を抱えてしまっていた。
うん。
出来るなら、逃げ出したい。
「いや、なんで協力者? というか、何故いるんです?」
先輩の家の扉を開ければ、待っていたのは見覚えのある青年だった。小柄で、赤い髪と双眸が怪しく輝いている。つかみどころのない笑顔を浮かべたサイコパ――青年は優雅に紅茶を足を組んで嗜んでいた。
いや、あの。外の光景は地獄なんですが……なに優雅な午後みたいな顔をしているんだろう。世界が違う。
青年はかたりと軽く音を立ててソーサーにカップを置いた。
「協力者だからだよ」
やっぱりか。とうんざりした顔を浮かべてしまう。
何年振りかの青年……ユスリハはその外見を大きく変えているように見える。いや、小柄で何処か少年らしい雰囲気は失われては居ないのだけれど。
何歳か知らないけど――中二病かな……世間のお子様がよく掛かる――。でも魔法が現実に使えるので少し違うのかとどうでもいい事を真面目に考え始めていた。
左目には眼帯。その上から何か封印式――何かの物語で見た――のような物が描かれている。視線をずらせば、右腕には指先までぐるぐると包帯で乱雑に巻かれている。
その視線に気付いたのかああ。と小さくユスリハは言った。動かないのだろうか。左手で軽く右腕を持ち上げる。
「魔法士たちにやられて動かないんだよね。これ。痛くもないんだよ」
たんっと少し強めにテーブルに置くが眉一つ動かさなかった。『ね』と言われても。ユスリハは座ってと促すので彼の前に並んで座る。
フワフワと紅茶セットが空中を流れて前に置かれる現象はとても不思議なものだった。ちらりと使ったことの無いオースを見れば『使う必要が?』と言いたげに眉を跳ねている。
「……実験でもしてたんですか?」
自分の身体で――。
普通に考えれば在りえない事だけど、在りえそうだ。ごくりと喉を鳴らせば、にっこりと笑みを深められた。
「されたんだよ。僕は死にかけていたからねぇ。僕は魔法士トップだったから。惜しんだやつは沢山いるのさ。『どう言う形』であれ生きていたらいいって事だろ?」
魔法士……。こんなのばかりか。と改めて思う。魔法石を付ければ人の心をどうやら置いてしまうようだ。
潰した方がよくない?
「人工魔法石に適合したのか?」
オースが表情を厳しくしたまま言った。
「えー。無理無理。そんな生易しいものではないよ。あ、宝石と言えば君、取り出したの?」
「……あんたと前に会ったときはもう無かったな。でも違う力なら使えるぜ?」
ぽうっと軽く炎が浮かぶ。それを握りしめる様に消したオースは挑むような視線をしていた。オースも思うところはあるらしい。当然だけれども。
「そうなの? あーあ。いい実験材料になると思ったのに残念だったな。まぁ、良いけど。当時君如きを探すのはもうどうでも良くなっていたから」
どうでもいい。と言われて少し複雑になったのか口を軽くへの字に曲げた。
「……あ、そ。ちなみになんで?」
「竜を捕まえたからね」
……。
……。
ニコニコ。と笑っている。満足そうに。なので一瞬何を言われたのかスルーするところだった。
ええと。
「それはええと?」
頑張れ。理性を総動員して私は顔を引きつらせながら続きを促していた。ユスリハは意気揚々と言葉を紡いでいく。
「僕が捕まえて引き渡したんだよ。その反動で身体が逝った。いや、さすがに強いよね。反撃出来ないとはいえ、入りとあらゆる『物』を使って間接攻撃をしてくるんだもの。あ――竜ってね。本来は戦う事を本能としているから結構楽しそうだったよ? 凄いよね。僕。さすがだよ。魔法使いになれたらよかったのにって思うよ。そうおねーさんたちも思うよね」
……凄い? すごいってなんだっけ。
「いや、あの。俺は」
ちらりと窺うようにオースが私を見る。『ひっ』という声を出したのはどういう事なんだろう。何かしたかな。
何か――。
考えとは裏腹に、その手は拳を握りめいいっぱいテーブルを叩きつけていた。ジワリと手に痛みが走る。
「へぇ?」
お前かぁ。と小さく声が漏れてしまったのは仕方のないことだろうと思う。低い。低い声はもはや乙女が出すような声ではない。
ちなみに顔の表情は変わることなく笑顔だと信じたかった。先ほどから表情筋が痛いし。
ユスリハは特に怯むこともなく、首を不思議そうにかしげて見せた。
「……怒ることかなぁ。これはおねーさんを自由にするための取引だったのに。考えてみてよ。魔法院一つ壊してるのに追わない分けないじゃん。それに本当はおねーさんで遊びたかったんだよ。僕は」
おねーさん『で』という言葉がいやに気になったがそこは触れないでおく。私は軽く瞳を揺らしてから伏せた。
確かに。この数年。私を追いかけてくるものは居なかった。かつての同僚に手紙を出したこともあるけれど普通に返ってきていたし。誰も何も言わない。そこに何か違和感を覚えていた。
だって何事も無かったかのように。
「さすがに国内に入れば捕まえない訳にはいかなかったけどね」
「……つ」
どうして。とは言えなかった。私だって先輩の立場で在ればそうする。多分そうするから――分かる。何の為に。と心の中で問えば、そんなのは簡単だ。
『大切だから』だから、護りたいし助けたい。
分かってる。でもその上で言いたいんだ。
「そんなことは望んでないのに」
零れ落ちるように言葉が紡がれる。握りしめた拳を何処に振り上げて良いのか分からず強く握りしめるしかなかった。
視線の先が微かに滲む。
私の所為だ。私が――。そんな事を思い始めればキリが無かった。だけれど。
「エリアル――」
心配そうに覗き込むオースに合わせたわけではないが、ぐっと唇を真一文字に結びながら顔を上げていてた。『ぎゃ』という噛み殺した悲鳴と共に私の頭に痛みが軽く走ったがそんなものは気にしない。
ちなみに涙目で『てめぇ』と呻いているオースも気にしない。私は真っ直ぐにニコニコ笑っているユスリハに目を向けた。
「いつ、行動に移せるんですか?」
「うーん。さすが立ち直り速いねぇ。これを何というだっけ?」
何だと言うんだ――。
馬鹿にされているような気もしないでも無かった。口をへの字に曲げてしまう。
「泣いてる暇は無いので。私の所為ならなおさら私が助けないと。手伝ってくれるんですよね?」
「まぁね。魔法士を全部潰すには中々しぶとくて。で、そっちのオース君と魔法使いのおじさんがついてくれるなら手伝うよ」
肩を軽くすくめて笑顔を浮かべて見せた。怖いくらいのいい笑顔をしている。いや、何をしたんだよ。ユスリハに魔法院は。そして何をしているんだろう。怖い。
ドン引きしているオースと目合わせると渋々頷いている。
「ああ。分かった」
「うん。じゃあ、目的は魔法院にいる魔法士の殲滅。僕以外の魔法士はすべて死ねばいいのに」
いやいや。何言ってるんだろう。笑顔で呪いを吐いている。私にしてみれば、もう魔法士なんて滅びればいいのに。だけれども。
「いや――。俺たちの目的は」
ユスリハは笑みを深くした。
「どうせそうなる。おんなじだよ。人は力を求めるものだからね」
こんな地図使えるはずないじゃん――。笑顔でおじさんの力作はゴミ箱の中へダイブしました。




