たどり着いた処
暑い・・・お体にお気を付けください
国全体にここまで汚染が広がってしまえば、もう無理だと国王は匙を投げた。どんどん汚染は伝播して世界全体が荒れに荒れてしまう。
滅びの喜々と言っても過言ではない。
一に――汚染源を取り除く。
二に――汚染されていない精霊で浄化する。
少なくともこれをしなければならないだろう。――王様はそう言った。
昼間だというのに、空が霞みがかっていた。乾いた空気に混じって腐臭をはじめ、様々な匂いが入り混じっている。舗装され、綺麗だったはずの中央通りはまるで災害にでもあったかのようにボロボロで、道の周りに建てられている商店はうち壊されているか硬く板で閉ざされているかの二択。焚いているものと言えばパン屋くらいだが、ショーケースの内容はほぼなくものすごく高い。どう見ても些末な其れだというのに。
活気もなく、生気もない。ゴーストタウンには人形か幽鬼かのような街の人々が座りこんでいた。その視線には何も映っていないかのようだ。
数年だ。経った数年でこんなにも変わるものだろうか。
「何か、食べ物を――」
そう乞われたのはこのレブリアの首都に入って何回目だろうか。旅人の小汚いローブを纏い『お金など持っていない』風情――いや実際大した金額は持っていない――だが、それでもこの街の人々よりは良い服を来ているように見えたのだろう。
かつて、私が昼食を買いに行っていた広場に行けば、整えられた木々は何もなく、その切られた幹だけが残されている。もちろんベンチなどない。そのベンチらしきものは近くに有った焚火の痕に投げ捨てられている。
見たこともない――少なくとも人生で会うことはなかった『ありとあらゆる犯罪』をしていそうな――偏見だが――男たちがこちらに足を向けた時点で踵を返す。
うん。治安もなぜか終わっているなぁ……。
地面から生えている草は今にも枯れそうで、涙が出て来そうだ。
ここは私が知っている整頓されていて、楽しかった首都ではない――。まるで別世界に来たようでサマールに行った時よりも衝撃だった。
でも。浮遊島がある。悲しい事に、ここは間違いなく、レブリアだ。夢ならどれだけよかっただろうか。とふと思った。
政府は何をしているんだろうか。治安隊は――。
「大丈夫か?」
「――う、うん」
考えを切るように話しかけられて、私はフードを深く被り直していた。
「まさかここ迄変わっているとは思わなかったよ」
サマールから此処ので来るのに数週間を要していた。何と精霊――どう見ても馬――に曳いてもらうことでこれでも時間は短縮されているが、それまでに二、三の街を経由している。
それでも、ここ迄ではなかったのだけれども。
近づけば近づくほどどんどん悪くなっていくのは感じていたが、それでも人々の目は死んでいなかったし、飢えてはいるが少しの作物で何とかしていた。少しは汚染が無い所もあるのだ。『頑張っている』精霊も居るのだと――。
でも。
汚染が近いからだろう。この街は死んでいるようだ。
「……何処へ?」
ここ迄ついて来てくれたオースを見上げる。護衛として今回も居てくれるらしい。うーん。毎度危ないのに申し訳ない。私自体は大根ぐらいしかお礼ができないのだけれども。おじさんから回復薬をかっぱらってきたので許してほしい。
オースも私と同様に頭からすっぽりとローブを纏っていた。
「とりあえず、先輩が住んでいたアパートに行こうと思って」
「……そか」
なぁ。
声を掛けられてピタリと私は足を止めていた。
「本当に止めるのか?」
止められるのか?
おじさんの情報によれば先輩はこの国の深くに閉じ込められているという。深く――地下という意味ではなくて。王宮の奥にある『魔法院』の一つだ。私が壊した其れではなくて、本当に魔法士が研究を行っている場所だと聞いた。
『ま、でも今アイツら忙しくて何もできないだろうけれどね。自業自得だよ』と楽し気に高笑いをするおじさんの声が耳に残っている。
自らの意思でそこから出ることができれば――。
先輩は排除されない。ぐっと我知らず拳を固める。
『そんなには待てない』と王様は言った。汚染が広がり始める前に防がなければと厳しい顔をしていたのを思い出す。
「止めるしか無いんだよね」
「死ぬかもなのに?」
うん。と端切れの悪い返事をして私は視線を地面に落としていた。
竜は狂っているのだという。私を忘れているかも――とおじさんに言われた。だから何があるか分からないとも。おじさんが先輩に拒否されたのもそれがあったのだ、と聞いた。
『あの子が君を傷付ける事は無いだろうけれど』
問題は魔法院までたどり着く事だろうか。入らせて下さい。と行ってみたところで門前払いというか不審者で捉えられるのが落ちだ。今は門すら硬く閉ざされていると聞いたし。なので、こっそり入るしかないだろうとおじさんは言っていた。見つかればよくてその場で殺されるだろうし。最悪を考えれば実験台としてすり潰される予感しかしなかった。
実験と言えば。
ふと頭の隅でちらつくのはかつて見たサイコパ――魔法士の姿で。名前なんて言っただろうか。
ま。いいか。
「うーん。大丈夫。ひみつの地図貰って来たから」
ポンポンと私は草臥れた鞄を叩く。そう。おじさんからここに来る前に渡されたものだ。中に地図が入っていて、おじさん曰く『秘密の通路』であるというのだけれど。……開いたとき戦慄した。雑。ひたすら雑。子供の落書きでは? と思ったがあまりにもおじさんが自慢げだったので何も言えなかった。ちなみにオースはドン引き。王様は『いや、これは分からんよ?』と素直に突っ込んでいたが『大丈夫』と押し切られていた。まぁ研究者だから何かそこには確信があるのかもしれない。
――多分。
一抹の不安が残るけれど、信じないとやってられない。それに『協力者』が居るって言ってたし。
「あの落書き?」
うぅと小さく呻く。
言わないでほしい。不安になるから。ふぅと息を吐く。この街に来てから気付いたことだけれど、寒い。寒さの為に白く息が濁った。
暦の上では冬でないのに――。
くるりと回ってオースを見る。
「……兎も角。おじさんを信じるしかないし、私は死ぬつもりはないよ。先輩を助けるまで諦めるつもりは無いし。それに知ってるでしょう? 私逃げ足速いんだよね」
「そんなにあの人を救いたい?」
救いたいのは私だけではないのだけれど――。
黙って竜を排除しようとした王様を止めたのはおじさんだった。本来であれば私に話すことなんて無かっただろうに。
私には関係のない話だったのに。
一縷の望みを掛けて。もしくは最後の願いを込めて。私に託してくれた。私を信頼してくれた。
いつもの飄々とした表情で『ごめんね』その言葉にどれほどの言葉が乗っていただろうか。おじさんのくせに。
救いたい。おじさんの為ではなくて。私の為に。そこにここに来ないという選択肢などどこにもなかった。
「うん。私は先輩の――親友だから。私が助けないと」
呆れたような溜息が耳に届く。
「親友、ねぇ」
「うん?」
それ以外は何があると言うんだろう。保護者かな。胡乱な双眸に小首を傾げる。もしかしたら――皆が言うように『恋人』と思い当たるが、それは違う気がする。
告白めいたことを言われた気もするけれど、今にして思えばあれは別れの挨拶だったんだろうなと。
別れの――。その言葉に若干傷ついてしまう自身がいることに苦笑を浮かべるしか無い。
軽く視線を上げ、いつも見ていた浮遊島に目を映せば、ふと記憶がゆらりと脳裏の隅で蘇っていた。
『私たちは友達なので。貴方たちが思うような関係では無いですよ。ね。先輩』
何度だって放った言葉はもはや呪いのように私に住み着いている。『友達』『保護者』。そうであれば……。
『ごめんね』と戸惑ったように言う先輩の声と、幾人の少女の背中が私の脳裏に焼き付いて離れることはなかった。
「まぁ、良いけど。そんな事よりこの辺じゃねぇ?」
声に思考を切って私はオースに目を向ける。
確かに。ある程度荒れてはいるが先輩が住んでいたアパートだ。私の家より若干大きく、確りした造りの為にそれほど寂れたようには見えない。住人は住んでいないようだ。どこもかしこも開け放たれた扉から見える部屋は荒れに荒れていた。
うわぁ。……あの血は何だろう。
……。
見なかったことにしよう。ここに被害者はいないようだし――いないよね? 少し気になって覗き込もうとした私を強引にオースが軌道修正する。『でも』と言えば『いや、そんな暇は無い』と返ってきた。
後ろ髪を惹かれながら、とりあえず歩きなれた階段を登っていくと、硬く閉ざされた扉がある。白い扉で一つの汚れも傷もない。
とんとオースが手を翳せば薄く光ったように見えた。
「魔法だな」
魔法。先輩は魔法が使えたのだろうか。竜は魔法が使えるというのでそうなのだろうけれども。一度も見たことが無かったので不思議だ。どう考えても先輩と魔法が繋がらなかった。
「開けられる?」
「て、触れてみ?」
言われたままに軽く扉に手を触れると『かちり』と小さく音がした。ぎっと小さな音を立てて扉が開くと、かつて見たそのままの先輩の部屋が広がっていた。




