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閑職のエリアル  作者: stenn


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23/24

時は過ぎて

 親愛なる友人へ。


 冬も深まってきたこの頃いかがお過ごしですか? 先輩は冬に弱いから風邪などかかっていないかと心配しています。こちらで採ったハーブを乾燥させて飴にして見ました。一緒に送るので食べてみてください。味は保証しないけれども効能はあると太鼓判を押してもらったので元気にはなれるはずです。


 そうそう聞いて。この間隣のおばさんが


 ――中略――


 そんなこともありましたが、私は元気に過ごしてます。


 先輩がいない日々は少し寂しくてつまらなくも思いますが、外堀が冷めたらぜったい会いに行きますので覚悟をしておいてください。その時がとても楽しみです。会ったら聞いてほしいことも話してほしいことも一杯あるのです。


 どうか。私からのお願いです。


 子供ではないのですから変な人に捕まらず健やかに過ごしてください。


 返答をお待ちしております。


 心より愛を込めて――貴方の親友エリアル・リッチ



 追伸


 そちらの事情は分かりかねますが、リッチさんを宥めるのが大変なので、早く連絡をするか迎えに来ていただく様に重ね重ねお願い申し上げます。


 ――マム・リカルド




「汚染?」


 私は庭で大きく成った大根をぐっと引いていた。それを死んだ目でオースが腕を組み見つめている。ラフな白いシャツと黒いパンツ。着古したものではなくパリっとしているのは制服の一部だろう。実際、その襟元には身分を表す細工を施されたブローチが止められていた。


 この国――サマールの近衛を示す紋章。つまり王付きの護衛であった。


 ……とは言え平和なんだけれども。


 この国の人々は温和である。暮らしは貧しいが心は豊とでも言いたくなる。素朴で素直。大きな事件は滅多に起こらない。何せ小さな国過ぎて皆がどこかで顔見知り……。一つでも不信な行動をすれば全身全霊で『心配』される。下手すると王様迄動く事もあるとかなんとか。


 大丈夫か。この国。オースが面接に行った際も二つ返事で了承されたと言うし。


 というか。なんでこの国にいるんだっけ。この人。考えなから当時よりだいぷ大人びた横顔をまじまじと見つめてしまう。それに気づいていないのかオースは私の大根を奪うと投げて手遊びしている。


 あれから何年経っただろうか。


「そうそう。おっさんが言ってたぜ。精霊の汚染が激しいって」


「せいれいのおせん」


 たしか、この国は魔法の代わりに『精霊式』というものが存在する。実際に見たことはないけれども『もともと人が持っている魔力』というものを対価にして精霊を呼び、それが魔法を行使するという術だ。一定の水準以上行使する者は精霊士又は精霊使いと呼ばれるけれど、その両方とも魔法士や魔法使いよりも少ないとされていて、その『精霊使い』の一人がこの国の王様だった。


 狸のような何処にでもいるおじさんなのに……。ついでにこの間は鍬を持って雑貨屋のおじさんと談笑しているのを見かけたのは気のせいではないだろう。


 大丈夫か。この国……。


「ぁあ。精霊使いは精霊種の言葉が聞ける――おっさんが言うにはな。はい。そこ。質問どうぞ」


 このままよくわからないままに話が続けられそうな気がして、おずおずと手を上げた私をオースは指した。


 ちなみにオースの言う『おっさん』は国王様だ。ほんと大丈夫かこの国。まぁいいや。


「あの。精霊の汚染って?」


 精霊はこの世界を作り上げた種とされている。理と形を造り大地と空気の中に同化していったと。今でも精霊はすべてのものに息づき、この世界が動いていくのを助けてくれている。そうこの国に来た時に習った。


 ちなみに精霊種が『形』を持ったものに収まったのが『幻想種』と呼ばれていて、竜もその中に含まれるのだという。


「俺も知らなかったけれど、汚染をすると上手く力が発揮できないし土地も荒れるんだと」


 他人事のように言うなぁ。ぎりぎり精霊のおかげでこの国も持っている気がするんだけれども。精霊の恵みが無いと、この地には水も湧かないと聞く。不毛の地だ。


 魔法士は何とかなるから良いのかも知れないけども。


 根源は魔法も精霊も同じだ。直接か間接の違いがあるだけで。ついでに魔法士は精霊士になることは出来ない。それは精霊自体が魔法士をなぜか嫌っているからだった。


 まぁ。詳しく知らないけれど由来を考えてみれば嫌いたくなるのかもしれない。私だって少し薄気味悪くなったくらいだったし。


 そのおかげか何なのか。サマールとレブリアは仲があまり良くなかった。国交も最低限。私が官僚に居た時なんて話題にも登らなかったのでは無いだろうか。


「……いやいや。じゃなくってどうしてその汚染が?」


 私は大根を奪った。いい感じに育った大きな大根はおいしそうだ。いや、何故大根に固執しようとするんだ。伸びる手をぺしりと叩く。


「あ――。生きてるものには『感情』があるから。それが伝播して汚染するんだとさ。簡単に言うと共鳴って言うのか?」


 はぁと曖昧に返すしかない。視線で小さめの大根にめぼしを付けて引っこ抜くとオースに差し出した。控えめサイズだ。……って脇に置いた大根を平然と持っていくんだ……。ふーん。


 私はいろんな意味で顔を顰める。


「あの、意味が分からないのだけれど」


 暫く考えるように大根を見た――なに? 今日の夕ご飯だろうか――後でオースは私に目を戻す。水色だった双眸は現在薄い紫にジワリと滲む様に代わっている。そしてそのうち赤に変わるのだとか。


 魔術士には魔力の特性が目の色に出ると言われ、オースは赤が元々の色だった。


 にしても偽物の石の副作用が長すぎでは無いだろうか。首元の痛々しい痣はもはやほとんど見えなくなっているのだけれども。


「……あんたさ、竜覚えてる?」


 私は突然の話題転換に小首を傾げる。


「もちろん。助けてくれたのに忘れるわけないよ」


 あんな美しくて力強い生命体を忘れられるはずもない。今も目を閉じれば昨日のことのように思い出す。風を切って空を駆けた事も。夜明けの美しさも。その薄い水色の双眸に映る優し気な輝きや、大きな白い体躯の割には子供っぽい仕草も。


 絶滅したはずの竜に出会えたことはどんな幸運なのだろうと思う。


 絵面怖いけど、いい子だったなぁ。


「元気かなぁ? おじさんから()誰からも連絡なくてどうしているか全く分からないんだよね。捕まってないと――」


 ……。


 まって。


 何。その気まずそうな顔。そんなの『捕まりました』と言っているようなものだ。でも信じたくなくて私はオースを見つめた。瞬きを忘れて私は零すように言葉を口から漏らす。


「……まさか、つかまったの?」


「まぁな――おっさんが言うにはそうだ。レブリア側としては秘匿してるつもりだけれど、精霊のうわさ話や汚染なんて隠せるものではないだろ? アイツら――魔法士達は精霊と繋がれないから」


 私は顔を顰めていた。


 竜は人間より強い種だ。人に魔法を授けた――実際物理だが――と言われているだけあってほとんどすべての魔法が使えるらしい。そんな竜が簡単に捕まるだろうか。


 いくら優しいとはいえ見た限り、咆哮だけで人間なんて吹き飛びそうだったのに。其れこそ魔法使いを総動員しないと無理な気すらする。


 どうして。と息を飲んでいた。


「おっさんが言うには、あれは生まれ落ちた瞬間から魔法士達によって呪いをかけられてるってさ。人には手出しできないように足枷のような呪いを。竜でもガキなら無害だからな。だから見つけられたら簡単とまでは言わないが捕まるんだろ。竜とはいえ」


 呪い――。


「そんな、こと」


「そのまま隠れて置けばよかったのに――」


 どうして。という言葉にちらりとオースは私を見た。何かを言いたげに。でも言うことはついぞ無い。視線を逸らすと口を開く。


「ガキの頃国の奥深くに閉じ込められていた竜を助けたのはあの大魔法――研究者様だって聞いたぜ」


 世界を飛び回っていて責任感がまるでなさそうなおじさんも偶には良い事をするというか、見ていられなかったのだろう。閉じ込められていた幼い竜がどう言う状況にあったのか分からないけれど、良いことではない事だけは分かった。


 私だって多分その場に居たら助けるはずだ。


「つまりは……汚染源があの竜さんだってこと?」


 汚染。という言葉に私は眉を大きく顰めていた。嫌な響きだと思う。


 感情の共鳴、共感――。


 ふと頭に『偽物の魔宝石事件』が過って私はぐっと我知らず拳を固めていた。


 あれは確か――竜の組織を複製して人工的に作り上げたものだったはず。だとしたら、嫌な思考が頭を過る。そしてそれが当たらなければいいと願った。


 オースは肩を竦めて見せた。


「そう言うこと。詳しい話はおっさんからするってさ。ということで王宮まで来いとよ。多分これはアンタに関係のある話だと思うから」


 もちろん行かないと言う選択肢は無かった。私に関係があっても無くても。知りたいとは思うから。


 私はこくりと頷くと、大根を持ったままオースは踵を返す。いつの間にか年月を経て広くなった背中を小走りで私は追いかけていった。


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