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閑職のエリアル  作者: stenn


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22/24

風にのせて

 ――すまない。これ以上此処での足止めは無理なようだ。もう少し君たちに時間作ってあげたかったんだけど。『国家魔法使い』が出てきた以上ボクが足止めされる形になるからそっちにはいけないと思う。ザイール君がどんな判断をしようとも、ボクは父として君の幸せを祈っている。心を込めて――



 何もない人生だったと思う。記憶にある一番古い記憶は『白い壁』だ。それをただ、ただ眺めているだけの自分がいる。母と父は生まれた時既に居ず。自身を育てたのはごくわずかの人間であった。笑いもしない。喋りもしない。淡々と世話をして自身に何も与えることなどなにもない。いや、あると言えばあるのだが『痛み』と『苦痛』が主だっただろうか。だから、記憶にある限り言葉を発した記憶はない。ただ意味のない『呻き』を発していたように思う。それこそ獣の様に。


 青い空も、風の匂いも、世界の広さも知らなかった。自身の世話をする人間以外の人間が存在するという事すら。


 ――ずっと白い壁の中で永遠と時間が流れていくのだと思ってた。


 あの時までは。


 今はほとんど使われていない草生した村に続く小道でぼんやりと空を見上げていた。低い木々しかないために、小さく浮遊島が見える。


 死したらいつか還るのだろう。ぼんやりとそう思っていたけれど――。先ほど一緒に居たはずなのにもう懐かしい。そんな自分が少し馬鹿みたいに思えて口を自嘲気味に歪めて見せる。ただしそう思っていたのは彼だけであるが。


 周りから見れば花が綻ぶような笑顔に見えた。


『「シィ」』


 静かな声。一瞬自分が呼ばれたのだと言うことが分からなくて考えたが、ああ。と軽く息を零していた。


 ――そう言えば、そんな名前だったっけ。呼ばれたことも皆無だったので忘れていたが。


 ややあって、ゆらりと視線を向ければ、先ほどまで居なかったはずの青年が立っていた。赤い髪がふわりと風に揺れ同色の双眸が歪に輝いている。まるで青年自身の嗜虐思考を移しているように見えた。それは、別れた時、少年の頃と何ら変わらない様に思う。


 初めての友達とでも言えばいいのだろうか。些かそれもおかしい気がする。


「変わらないね。ユスリハ君は」


 青年ユスリハは彼を頭の上からつま先身で見てげんなりした顔を浮かべて見せた。そう言えば、同じような身長だった筈ではあるがそれほどユスリハのそれは変わっていないように見えた。


「うげぇ。お前は変わりすぎだろ? シィ。まさか、噂の『ザイール・ロウ』がシィとはね。……ったく。魔法士は無能ばかりだ」


「ふふ。僕の魔法も中々だよね。僕の事を知らない人はごく一般的な『人間』にしか見えないはずだよ。この髪だって黒い髪。目も黒いでしょう? 顔も多少は違うかな……その辺はよく分からないんだ。だから皆が僕に気付かないのは仕方ない。うん。こんな時ばかりは秘匿されていて良かったなって」


 尤も。シィ――ザイールと認識したユスリハには普通に本来の色をしているだろうなとは思う。


「君のおかげだよ」


 初めての友達――何のつもりかは置いておいて――はザイールに言葉と基本的な魔法の使い方を教えた。そのことにはとても感謝している。


 ユスリハがいなければここに居ることは無かったのだから。きっと今も生きているという感覚なく、白い壁を眺めていたことだろう。


 にこりと笑うと、当のユスリハは嫌そうに苦虫をすり潰したような顔をしていたが。


「厭味か? お前が使えるのは大魔法使いに拾われたからだろ――まさか、世界的魔法研究者が大魔法使いとは思わなかった」


 大魔法使い――。魔法使いの上に立つものだ。魔法使いはただですら少ないのに、その数はさらに下がる。その一人が、ザイールの養父。マナだった。何処の国にも属さず流れ歩いているマナが死にかけていたザイールを救ったのがおおよそ七年前。


 マナからは細かな魔法の使い方から人間らしい生き方などを教わっている。一緒に暮らしたのは二年ほどで、『人間を知るには学校から』と寮付きの学校に投げられた訳だが。


 それでもザイールにとってとても尊敬できる父であり師だった。いや、尊敬しない人間なのではいないのではないだろうか。と思っている。もはや尊敬しないと言う人間を軽蔑するレベルで。


「僕の義父は凄いでしょう?」


 笑顔がパッと輝くと『うっわ』と引き気味に小さく声を上げるユスリハ。その意味が分からずザイールは少し小首を傾げた。


 ユスリハは呆れたように肩を竦めて見せる。


「大魔法使いを『すごくない』というやつはいないだろ。そんな事よりも。何も立ち話をするためにこんな所でぼんやりしてたわけじゃないんだろ――素直に投降するのか?」


「見逃してくれるの?」


「知ってんだろ?」


 まぁそうだね。と苦笑を浮かべてザイールは呟く。見逃す、見逃さない。それ以前の問題だと言う事を知っていたから。ゆらりと赤い双眸が揺らめいている。それを一瞥したからザイールは空を仰いでいた。


 冬でも無いのに頬を撫でる風は些か冷たい。


「ねぇ、『彼女』はどうなるのかな?」


「んー。ちょうど良い実験体ではあるんだけどな。魔法は凄く頑張らないと効かないし――つぅか、お前か?」


 さすがというべきか何なのか。それは呪いにも似た強力な魔法だった。全身全霊で『解けない』ように掛けてある。恐らくはザイール自身も解けないほどに。


 なぜ――。いつか義父に聞かれた言葉が脳裏に過る。


 軽く口元に弧を描いたのはほとんど無意識だった。


「だって、遅かれ早かれ僕が近くにいればこんなことが起こるのは必然でしょう? それに――そうだね。僕だけの魔法がかかっていて欲しかったから」


 魔法が効かなくても生活には何も支障が無い。何もなければ一生気付かないだろう。少しだけ。少しだけ気付いてほしいなんて願望はあるかも知れないが。


 なぜ顔を引きつらせてるんだろうかとザイールは考える。変な事を言った覚えなどない。


「……いや、良い笑顔で言うところではなくないか?」


「何の話?」


「なんでも。兎も角。お前が手に入るなら必要は無いんじゃないの? ん――まぁ捕まえられたら捕まえるってだけで。一応魔法院の一つを壊したわけだし。考えるにあの娘この国離れるんだろ?」


「うん。僕はいけないから、ここに居るんだ」


「ぁあ。そう。そりゃ、残念」


 少しだって残念だとは思っていない声音と表情でユスリハは言う。何なら大欠伸をしている。心底興味などないのだろう。


 出来れば――付いていきたかったのだけど。側に。と頭を振る。ここ以外の国では『人間』として活動できない。この姿が保てない。彼女にかかる負担と混乱を考えれば――この方が良いだろう。と思うのだ。


 元よりいずれは別れなければならなかったのだ。その時が早まっただけろう。


「ま。いいや。どうでも」


「……」


 ゴミ箱にすべての会話をぶん投げたユスリハの声にぴくりと顔を上げる。そのユスリハの顔を見ればにこりと少年のような笑顔を浮かべて見せた。キラキラとその赤い双眸が輝いている。


 ぽっ、ぽっと小さな炎の玉がユスリハの周りに現れるのを見ながら、困ったようにザイールは眉を下げて見せた。


「それじゃあ、死んでくれる? その力をすべて俺が貰うから」


「えっと。あのね。相変わらずだけど、僕を殺しても別に最強になれるわけでは……」


「うーん。なれるんだよね――生きてくれて嬉しいよ」


 眉を軽く寄せた。ザイールにはどう言う理論か分からない。そんな事は何処の文献にも記されてないのだから。一体何処で聞いたのだろうか。


 言ったところでやはり無駄なのだろうと息を吐く。昔からそうだったが、ユスリハは思い込んだらもう周りが見えないようだ。『まったく』と些か呆れ気味にザイールは小さく零す。


 にしても自身が『攻撃』出来ないのは不利ではないんだろうか――。そう言う呪いともいえる誓約が自信の身体にはかかっているのだ。


 古い古い血の契約。本当に忌々しいものではあるが。


 少し考えてから、まぁ。いいか。とザイールは独り言ちた。大体もう子供でもないのだ。誓約があれど人間ごときに遅れを取るつもりもなかった。――重症は負うだろうけれども。死んだら死んだでまぁ、それはそれでいいのだろうか。いや。むしろその方がいいまである。


 会いたいな。


 不意に思う。もう二度と会えないと思うとなおさら。分かっていたはずなのに。暴れだしそうな感情を打ち殺すようにしてザイールは軽く目を閉じてからゆらりとユスリハを見つめた。


「……仕方ないよね」


 何処か悲し気で柔らかなその言葉と同時だったか、にっと笑うと強く地面をユスリハは蹴っていた。




 ああ。


 ――もし。


 今度生まれ変われるのであれば、人間になりたい。出来れば、あの人の側に居られないだろうか。そうであったらいいのに。

一端の区切りです

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