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閑職のエリアル  作者: stenn


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汚染

 サマールは岩山に囲まれた国だ。その中心とあるべき城はその地の利を生かして数百年前、独立戦争――レブリアとの――をしていた時に建造された。岩山をくり抜き、山そのものが要塞のように作られている。優美で曲線を中心に作られているレブリアの其れとは違い、直線を用い剥き出しの土壁と申し訳程度の彫刻が壁に施されている。


 初めて中に入ったが、思った以上に明るく温かいのは大きな窓が光を取り入れているからなのだろう。


「えっと、おじさん? なんでいるんですか? というか……なんで連絡寄越さないんですか?」


 通されたのは応接室。最低限、見る者が見れば高級な調度品が飾られているだけの何処か質素を思わせる部屋だった。ちらりと見たことがある眩しかった我が国とは大違いである。


 ではなくて。


 置かれたソファ。それにゆったりと――まるでこの部屋の主のごとく――座っているのは見覚えのある青年――否。中年だ。長い脚を組んでティーカップを口元に運んでいる。一見どこぞの貴族かと思うほどにその所作は美しい。その整った顔立ちを含め、実の所ただの平民だと誰が思うだろう。


 彼――先輩のお義父さんは私を見るとへらへら笑いながら軽く手を振っている。『久しぶり』ではない。久しぶり過ぎて存在を忘れるところだった。


 何年連絡が取れなかったと思っているんだ。いや、おじさんは何処に要るか分からなかったから仕方のない部分もあるのだけれど。


「忙しかったからねぇ」


「どっちも連絡取れなければ心配しますよね? 普通。何かあったのかと」


 不貞腐れ気味に言うと行儀悪く、ばふんと音を立てて対面に腰を落とす。


 ……フカフカだ。さすが高級品。身体が包み込まれるような柔らかさ。って違う。うっとりしている場合ではない。


 かちりとなんだか微笑ましい目で見てくるおじさんと目が合ってコホンと咳払い一つ。私は怒っているんだという体を出すが別に通じていないようだった。


「うんうん。それが『何か』あったんだよね」


「ソウデスカ――なにか……」


 あまりにも自然に言うものだから流しそうになったけれども。『あ』と声を上げて親父さんをパッと見る。


「竜さんだよ!!」


 私はあの竜さんの詳細を聞きたくてここに来たんだった。私は慌てて立ち上がり、勢いよく、ガラスで出来たテーブルに両手を付けていた。がたんとでブルが揺れて思わずカップが零れ落ちそうになったが誰も気になどしない。もちろん私もそれどころではなかった。


 忘れていたよね。という声は無視だ。力技で行く。


「竜さん。あの竜さんはどうなってるんですか? 捕まったと聞きました。おじさんの所にいたのでは――」


「……うん。捕まったね」


 平然と言うおじさんにヒクリと心がざわついていた。昔からこういう人だ。知っている。出なければ先輩の事を私に丸投げしたりはしない。


 だけれど――だけれども。少しは、さ。ぐっと零れ落ちそうになる感情を飲み込んで無理やり固めた拳で押さえつける。


 おじさんにも考えがあるかも知れないけれど。


 怒っても意味はない。通じない――。それでもやっぱり漏れるのは仕方ない事だった。何処か棘のある低い声だったと思う。


「あの、なんでそんなに落ち着いているんですか?」


 おじさんは軽く肩を竦めて見せた。少しだけ困ったように。


「だってあれが望んだ事だったから。これでも何度だって説得に行ったんだよ。これでも息子は可愛いんだ。でもあれは『耐えられる』とボクにそう言ったんだよね」


「結局耐えられなかったわけだけれども」


 かたん。と小さく扉か開く音。それと共に入ってきたのは一人の男性だ。恰幅のいい中年男性で衣服は質素な――何処にでもあるような――シャツとパンツのみ。何処にでもいるような人好きのするような顔立ちだ。後ろに控えているのはオースで大欠伸をしながらぼりぼりとお腹を掻いている。


 ……良いのか。本当にそれでいいのか。もう一度考えてほしい。オースもそうだけれども。


 心の中で突っ込んでしまうが、サマール現王テオであった。


 恐る恐る立ち上がり迎えると王様は私の前に手を差し出した。その間もちろんおじさんは優雅に一人お茶を嗜んでいる。


 王様はそんなことなど気にもしない。懐が広いのか何なのか。


 とりあえずおじさんは平民だよね。平民。いや、この国の民でもなんでもないけれど。


 ……何処の国の出身だっけ?


「ここまで来てもらって感謝するよ。エリアル・リッチ君」


 握手を。差し出した手を握られると同時にふわりと足元から舞い上がるように風が通った。それはカーテンを揺らして開け放たれた窓から出ていった。


 何だったんだろう。と小首をかしげていると、にこりと王様は笑って私の手を話していた。


「?」


「聞き及んだ通りか」


 何が。と思ったがおじさんは自慢げに口を開いた。


「僕の息子は天才だから」


 なにが。


 言っていろ。と呆れ気味に付け加えて王様は小さく掛け声を――ほとんど無意識に――かけながらおじさんの隣に座った。『面倒だな』という顔つきのままオースがその後ろに立つ。帰りたいなぁという視線を私に向けられても。


 王様は『どこまで』と呟いてから『ああ』と小さく息を吐く。


「捕まっているところまでか。――まったく意地を張っても碌な事にはならんというに。イズルが説得か無理にでも引っ張ってこれば良かったのでは?」


 すっかり忘れていたがイズルはおじさんのミドルネームだ。おじさんは悪びれた様子もなくニコニコとしている。


「うーん。さすがにクッソ邪魔してくる魔法使いから連れ出す自信は無いなぁ。説得と言ってもあの子頑固だったし? それに――」


「その結果が汚染なんだが?」


「無茶をいうね。ただの魔法研究者に何を言うんだよ」


 確かに。おじさんは魔法が使えないはずだ。何故なら本人が言うようにただの『うさんくさい』魔法研究者だから。けれど本当に『ただ』の魔法研究者が閉じ込められていた竜を助け出せるだろうか。そのまま誰にも知られずにあの大きな竜を隠す事が出来るだろうか。いちいち一研究者に魔法使いが邪魔するだろうか。


 ……てか、なんで魔法使い? 魔法士でよくないかと新たな疑問が浮かぶ。


「うーん。疑うのよくない。エリアル君。それにそんな場合じゃないでしょう? 兎も角。これからどうするか、を考えなくてはね。過去を突くのは無駄。無駄」


 まぁ、そうなんだけど。周りのおじさんに対する冷たい目が気になる。オースは昔、なんだか尊敬してなかっただろうか。


 何となく無駄な空気を悟ったのか王様は疲れた息を吐く。


「ま。それもそうだな。下らん話に付き合ってても時間が過ぎるだけだ。その説明は後で。兎も角として竜はレブリアに捉えられて、そこから汚染が広がっている。そこまではいいか?」


 私はこくりと頷いた。


「でも――そもそも汚染ってなんですか? 精神の共鳴や同調のようなものだと伺いましたが」


「ああ。精神汚染だな。『痛い。苦しい』『悲しい』という負の感情が電波し、普段精霊が行っている力の在り様を反転してしまう事だ。そのために現在レブリアは――」


 え。


「まってください」


 私は思わず王様の声を遮っていた。レブリアが気にならないわけではない。でも、待ってほしい。


 待って。


 苦しい――って何。痛いって。どういうことだろうか。


「おじさん」


 私はただ平坦におじさんを見た。オースが『ひ』と悲鳴を上げた気がするが気のせいだろう。だって私は何も思っていないから。何も考えていないから。


 きっと怒ってなどいない。


「悲しいってどういうことですか? おじさん」


 声が低いのが自分でも分かった。体温が下がっていくのも。ぐっと握りこんだ拳。少し伸びた詰めが掌にめり込んだ。痛いことも分からない。


 そんな私を見ながらおじさんは口を開く。


「――竜は痛みなんて感じない。病気で身体が弱ることはあっても死にはしない。欠損は長い年月をかけて戻り、寿命は驚くほど長い。他者を圧倒させるような力と魔法を扱う完全な生き物だ。だが――」


 やや躊躇する様に置いてから、『唯一の欠点は人間と同じか、それ以上に心が弱く複雑な事なんだよ』とおじさんは付け加えた。考えるようにして視線を軽く私から外してからゆらりと再び戻した。


「それは君も知っているはずだろう?」


 息を吐く様に。




 ザイール・ロウ。それがあの子の名前なのだから。


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