見慣れた天井
見慣れた天井があった。いや。きっと家の造りなんて何処も同じだ。だから多分見慣れていない――と思いたい。たとえよく記憶になじんだ謎の染みが天井にあったとしても。
窓から空を見れば白んでいる。どうやら明け方のようだ。どれくらい眠っていたんだろう。消えかけのランタン。その明かりの調節をしようと手を伸ばそうとして、漸く私は気付いていた。私の手をきつく握りしめる何かがあることを。
頭痛が酷く、どことなく重い身体。どうにかして上体を起こせば、淡い光に照らされた青年が私の手を握りこみながらベッドを枕にして上半身だけ擡げて眠っている。
相変わらず精巧な人形と思うほどの整った顔立ち。時々、本当に時々生きているのかいないのか分からなくなる。
これは夢なのか。そんなことをぼんやりと考える程に。
……思わず生存確認をこっそりしてしまうのはいつもの癖だ。いや、生存確認という名の堪能だろう。
だってすべすべしているし。餅のような弾力は以前より無くなって島乗ったのが悲しいけれども。どうやったらこんな肌に。髭なんて生えている所なんて見たことない。
あるの? 毛穴。
自由な手で頬を抓ったり突いたり撫でたり。――ぁあ。楽しくなって……。と悦に浸っていたらピクリと長い睫が動いたので慌てて頬から手を離していた。
「せんぱい?」
ぼんやりと頭が動いて、その水色の双眸が私を見つめた。寝ぼけた顔。まだ夢心地のようだ。『エリアル』と舌足らずで呟いてから、ばっと私に勢いよく抱き着いていた。
勢い良すぎて私は再びベッドに倒れこむしかなかったのだけど。
何が起きたか分からずほぼパニック状態で身動ぎするけれどもビクともしない。先輩の身体に潰されそうな形だったけれど、何とか先輩の肩から顔を出していた。
「せ、先輩?」
「エリアルだ」
ぎゃ――。
匂いを吸わないで欲しい。絶対まだ寝ぼけている。この人。悲鳴を飲み込んでじたばたしていると、逃すまいとさらに抱きこまれるのは何故……。
背中に辛うじて回っている自身の手で、ぱんぱんと軽く先輩の背中を叩くけれど気にした様子もない。
「あのっ先輩――」
「よかった。エリアルだ」
掠れる様な小さな声に漸く気付く。先輩が震えていると言うことに。『エリアルだ』ともう一度確かめるように呟いていた。少し泣いているように聞こえたのはきっと気のせいではなくて。
心配をどれほどかけたのだろうか。それを思えばとても申し訳ないし、苦しくなる。何をやっていたんだろう。そんな自身の馬鹿さ加減を呪いながら奥歯を噛んで、喉を鳴らしていた。
優しいって分かっていたはずなのに。なんで。
なんで。みじめで、苦しくて。悲しくて。申し訳なくて――。ぁあ。どうしよう。感情がどんどんぐちゃぐちゃでねじ曲がっていく。
『元気だよ』って先輩を宥めようと思ったのに。
「つ――。ごめんなさい。わ、たし。心配かけ、て」
ポロリと涙が溢れればもうだめだ。子供じゃないのに。無くなんて何時頃からしていなかっただろうか。
でも、せいぎょが、出来ない。どうして?
「うん。無事で良かった」
「ご、ごめんなさい」
困惑したまま引きつる様な声。『大丈夫だよ』と先輩が抱きすくめてくれる。温かな体温と規則的な心拍音に安心したのかホロホロと涙が零れ落ちてくる。しゃくり上げるのは子供の頃以来だろうか。
ゆらりと先輩は上半身を持ち上げて私を覗き込んでいた。もう泣いていない。いつもの優しい笑みを浮かべている。その『素手』は私の頬を撫でてゆっくりと涙を拭った。何処か嬉しそうに。
――ずるいなぁ。
ずるくてなんだか腹立つ。への字に口を曲げながら先輩を見ているのだけれども、その間も涙がボロボロ出てくるのが悔しいやら。もはや混乱の真っ只中であった。
「生きていてくれて。ありがとう」
「べ、べつに。いきた、かったから、で。でも、心配を、かけて。ごめんなさい。で、でも――」
漸く分かった。とても、とても遅くて。実感なんて何一つ無かったけど。それは当たり前のことで。これは夢なんかではなくて。天国にいるわけでもなくて。
ここにいる。ぼろ泣きしながら掌を見、先輩に目を向けた。いつもの優しい親友だ。
私の。
「わたし、生きてる」
「うん」
ばっと上半身を起こすと今次は私から先輩に抱き着いていた。ポンポンとあやすように先輩が背中を叩いてくれる。それはとても温かくて心地いい。どくどくと規則的な心臓の音に改めて実感する。
生きている。
「ごめんなさい。すぐに治まるから――」
もう少し。もう少しこのままで。もう少し――。
何時までそうしていただろう。子供のように泣きつかれ、そのままゆっくり意識を沈めていったのは言うまでも無かった。




