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閑職のエリアル  作者: stenn


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19/25

過去の言葉

 揺蕩う世界の中で私は夢を見ている。



 私と先輩が仲良くなったのはそれほど大層な事があった訳ではなかった。発育不良。痩せっぽっちの小さな男の子と田舎者のでハブられていた同士気が合っただけなのかも知れない。


「友達になろう」


 そのただ一言で私たちは友達になった。まさかこんな腐れ縁になるとは思っていなかったんだけれども。


学年も年齢も違ったけれど、私たちは長い時間を共にした気がする。


「え――?」


 期末試験が近づく中私は図書館でいつものごとく先輩に勉強を教えてもらっていた。さすが学年首位というべきなのか。教え方は上手く、毎回落第をぎりぎり逃れていた。――村一番の週対とは何だったのか。と涙が出そうなくらいには。


 図書館は閑散としている。当たり前だ。休日なのだから。


 ……休日返上で勉強しなければならない悲しさと言ったら。


 カチカチと時計の針が動く音を聞きながら私はノートから顔を上げて先輩を見た。


「竜――ですか?」


「うん。信じているのかなって」


 先輩は大きな窓から空に視線を投げた。水色の両眼。青銅の髪。顎のラインはシャープでがりがりだった昔の面影は一切見られなかった。もはや知らない人のようで時々気後れしてしまう。それでも性格は弱々しいのは治っていない。それがアンバランスだった。


 視線の先には浮遊島。かつて『いた』と言われる竜が住んでいたとされる島であった。尤も人間があの島にたどり着いたことは無いのでもしかしたらいるのかも知れないけど。


 いつか人の魂はあの島に還って、竜に浄化されるのだと強い信仰心を持った人はそう言っていただろうか。


 私は考えるような仕草で鼻と口の間にペンを挟んで揺らしてからそれを取った。


「魔法士がいるので『いた』と思うんですが。私は信仰心が強い方ではないし。先輩は信じてるんですか? 意外と、ロマンチスト?」


 視線を滑らせばどうやら竜に関する文献を読んでいたようだ。『生態と利用法』とか言ういつの時代に書かれたのかも分からない古い本。


 かも知れないと呟いて先輩は苦笑を浮かべた。


「かもね。でもいたらどうするのかな? って。嫌う? 」


 模範的な答えでは、この国の人間は竜を嫌っている人なんていない。なんだけれどもそれでは違うのだろうな。


「うーん。どうでしょう。見た目怖いですけど、竜って人間に『何もかも』与えた優しい竜なんですよね? なら嫌えないというか――」


 会ってみないとよく分からない。と付け加える。でも『いない』のに。ここ何百年とこの国には記録が無かった。


 だったら、現れたら大変な騒ぎにならないだろうか。


「あぁ。でも現われ無い方が良いと思います。このままで。騒がれるのは嫌だと思いますし。静かに暮らしてほしいですから」


「……竜はなんでも持っていて、なんでも叶えてくれると言うのに?」


 ――いや、そんな話だっただろうか。


 いつもの穏やかに聞こえる声だったが何処か棘が混じる。そんな気がした。小首をかしげてしまう。


「なら、余計で出てこないほうが良いのでは?」


 人が群がる予感しかしないのだけど。考えただけで『うげー』と口から漏れ出してしまう。その様子を先輩は窺うようにじっと見ていた。


「ね。エリアルの願いは?」


「わたしのですか?」


 願い。願い。ぽくぽくと考えながら空間に視線を巡らせた。視界に入るのは沢山の本と手元にある掻きかけのノート。眠たかったのか途中ミミズが這えずっているし、新しい単語が爆誕している。


 ……とりあえず。


「このテストを乗り切る事と、官僚になって大手を振って村に帰ることです」


 何故。驚いた顔で黙るんだろう。なにか、言ってほしい。どや顔をして堂々と言い切ってなんだか恥ずかしくなってきた。


 先輩の長い睫がぱちぱちと動く。


 規則正しい秒針の音をどれほど聞いていただろうか。


「え。お金持ちとかではなく?」


「官僚になればお金頂けます。借金もチャラです。大手を振って帰れます。私の目標はつつがなく過ごすことですから」


 普通に生きて、普通に死ぬ。ただそれだけ。身の丈以上のことは求めない。家族や村の皆がそうしてきたように。


「……」


 呆気に取られるの止めて。まるであほの子を見るような目で――ごほんっと咳払い一つ。私はお返しとばかりに先輩を見た。


「そんな先輩の願いはなんですか? 『もし』その万能な竜が居たら何を願うんですか?」


 そう言えば先輩から『ああしたい』『こうしたい』と聞いたことはない。いつも私の側に居るだけだ。だから。そんなものはいなくても。先輩の願いを叶えてあげたいと思った。いつもこうして助けてもらっているし。


 まぁ。女子から護っているのは私だけども。その辺はいい加減ご自身で何とかしてほしいという希望がある。あ、それを願っておけば――。


 ま。いいか。と心の中で呟く。ある意味もう慣れた。何なら毎日のルーティンに組み込まれているので無ければ無いでなんだか寂しい。


「僕の願いは――」


「……うんうん」


 なんだろうなぁ。


 キラキラした顔で言う私に、ぁあ。と先輩は息を漏らすように言った。


「もう叶ってるよ」


 嬉しそうに、柔らかく。見たこともない大人びた笑顔に私は息を飲んでいた。それだけで誰もが惹かれる様なそんな笑み。でも――と思う。それがとても儚く今にも消えてしまいそうな気がして、私は思わず腕を掴んでしまっていた。


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