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閑職のエリアル  作者: stenn


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18/24

義父

切るところが分からなかったので少し長くなってしまった・・・。

 近づいて遠ざかっていく首都と浮遊島を背に降り立ったのは何処か懐かしい香りがする森だった。まぁ――街に降りれば大騒ぎになるだろうからここに降りるのは仕方のないことではある。


 ここで誰かと待ち合わせをして移動するらしい。


 大きな巨体が頭を寄せる。それはまるで『褒めて』と言っているようでもあった。『ありがとう』と呟いて、そろりと冷たい岩のような頭を撫でれば気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。なんだか大きすぎる犬のような……。いや、一飲みで命が終わってしまいそうだけれども――。その長い尾は地面を均すように揺れている。


 冷たい白い肌の上には薄い鱗。それが光に照らされてキラキラと七色に輝いている。まるで宝石の様に。


 再び撫でてみれば嬉しそうに目を細めた。


 その光景をなぜか少し引き気味にオースが見ているのは何故だろう。この巨体とのギャップに驚いているのかも知れない。何かを言いたげに口を開いて『うっわ』と違う言葉を漏らした。


 なんか失礼だな? まぁいいけれども。


「それより、誰が来るんですか?」


「ぁあ。()()の飼い主。俺たちが連れ歩くわけにもいかないだろ」


「……飼い主」


 かいぬし。と心の中で呟いて竜を見た。何の曇りもない双眸が私たちを不思議そうに見下ろしている。


 え。


 まって。


 竜って神さま同然で、もうとうの昔に絶滅していて。人間より強くて……うーんと考えてから思考停止する。一拍置いたのちに私は漸く口を開いていた。いや、何かを考えていたわけではなく、ごく単純な疑問が口を吐く。


「飼えるの?」


「別に飼っているわけではないのだけれどねぇ。どちらかと言えば家族なんだけれども」


 ざりっと地面を踏む音とふわりといつか嗅いだ花の匂いの混じる柔らかな風。何処かのんびりとした静かな低い声に振り向いてみれば、一人の青年が苦笑交じりに立っていた。その手には大きな本が一つ。旅装の白いローブに琥珀の髪が良く映える。深海を覗いた様な青い双眸。すっと顎のラインはシャープで、世間的には『美形』の部類。年の頃は二十代後半であろうと思う。――見た目だけならば。


 その秘訣を売り出せばきっと大金持ちになれる気もする。


「おじさん?」


「いやぁ。何年ぶりだろうねぇ? 随分とまぁ――成長してないことで。可愛らしい」


 何処を見ているんだろう。……身長か。身長なのか。と頭を押さえて涙目で睨むとおじさんは楽し気に笑う。


 マナ・イズル・ロウ。本当の年齢は知らない――恐らく四十は超えているはず――けれども先輩の義父だ。『ザイールの事を宜しく』と私に全部投げて旅だった張本人である。


 ……保護者とは。


 むむむ。と考えていればオースが私の肩を叩いた。


「アンタ――知り合いなのか?」


 なんでそんな驚いたような顔を。その方向で著名な研究者って事は知っているけれども、マイナー過ぎて一般人が知ることはほとんどない。あ。でも。魔法士なら知っているのか……。


「はい。せん――友人の義父なので」


「……なるほど? でも。その人――」


「僕の子は今日も可愛いねぇ」


 私たちを無視し、一歩おじさんは踏み出すと竜の前に立っていた。ニコニコと手を伸ばすしぐさをじっと竜が見つめている。何だろう。呆れているかのようにも見えた。何となく沈黙の攻防。竜が折れたらしく頭をおじさんに擡げた。不服そうに喉を鳴らすがおじさんは気にも留めなかった。美形と白い竜なんて何とも絵本的な光景ではある。『よーし、よしよしよし』とか言う謎の言葉を吐きながらおじさんが竜の頭を子ね繰り返すのを除いて。竜は若干うんざりしているようではあった。


 ……うん?


 あれ?


「って、まさか、おじさんが飼い主ですか?」


 一拍おいて、出した大きな声に『五月蠅いなぁ』と言わんばかりにおじさんは見てくるが、驚くでしょう? そりゃあ。竜。何度も言うけれど、かわいいワンちゃんではなくて、竜なのよ。


「飼ってないよ。これ家族。いいね」


 割と強めに言ってくる。


 あ、はい。としか言いようが無い。けれども、『これ』とか言っているがいいのだろうか。


 曇りのない目。もうおじさんがそう言うのだからそうなのだろう。なんだか考えるのが面倒になってきた。寝不足と空腹でよく頭も回らないし。


 そもそも世界を回っているのだから竜を拾って不思議でないのかも……ないよね?


 そんなことより気になるのは。


「でもおじさんは保護者失か……」


「そう言う事なら、ボクだって言いたいことは沢山あるけれど――いい?」


 にっこりとした笑顔の奥の双眸が笑ってないギラリと責めるようだ。圧が。恐らくは『今回』の事を話したいのだろうと悟って全力で視線を逸らす。


 いや。何となく怒られるとは分かっていたけれども。多分『大事』になってしまった自覚はある。


「うんうん。分かっているようだね。こんなところで立ち話もなんだし、移動しないと。ここでは目立つからね――君。オース君って言ったっけ――歩けそうかい?」


 待っているのは説教だろうなぁ。目を白黒させる私を無視して、おじさんはオースを見ながら懐を弄って小さな瓶を取り出した。透明な瓶。そこには身体に悪そうな色の液体がタプタプと揺れている。


「な、なんですか? それ」


「うん。回復薬だよ。魔、法士の知り合いから貰ったんだよね。こんな時の為に。オース君。飲むといい。元気になるから」


 回復薬。聞いたことはあるが見るのは始めてだ。軽い傷や疲労なら簡単に治してしまうという魔法の薬は当然魔法使い又は魔法士しか作れない。その上とても難しく、流通はほぼ無いに等しかった。


 つまり高価――家一つは買えるがそんな高価なものを何の躊躇わずおじさんはオースに投げている。そのオースは慌てて、瓶を落とすまいと必死にそれを目で追って掌に納めていた。割れていない事を確認して安堵した息を吐く。


「大丈夫。見た目は悪くいても効能は確かだから。あ、エリアルのは無いよ? 一つしかないし――って。やめなさい」


『ぐるる』


 後ろで不服そうに竜が唸り、ツンツンとおじさんの背中を突いている。私にも寄越せと言いたいのだろう。でもおじさんが言ったように一つしかないなら仕方ない。というか、使おうとしてくれても困る。


 オースの分は何とか分割で払うとして、私の分までとなれば私が破産するし。慈善事業――は期待しないでおこう。只よりも高いものは無い。


 にしてもいい子だなぁ。古来竜は人の為に生きたというけれども、こういう事なのかとホンワカする。顔は怖いのに。私はそのまま安心させるようにヘラリと笑ってみせた。


「大丈夫だよ。私、元気だから」


『ぐるるる』


 どうやら私の言葉も大して納得は言っていないようだった。見た目はボロボロなので仕方はないかも知れない。


 おじさんは溜息一つ吐いてじろりと竜を見た。竜もむっとしたまま見返している。


「文句を言ってもダメだよ。お前も知っているだろ? あれは『魔法』で出来てるって。分かるね?  分かるね?」


『……』


 ぷいっとそっぽを向いた。子供かな。山のように竜は大きいと聞いていたからもしかしたら子供なのかも知れない。


 ははは。とおじさんは苦笑を浮かべてみせる。少しだけ困ったように。でも何となく嬉しそうに見えるのは目の錯覚だろうか。


「なんでその姿になると物分かりが悪くなるかな? 兎も角としてオース君は早くそれを飲んでくれる?」


「あ、でも俺金が無くて」


「気にしなくていいよ。感謝の気持ちととってもらえれば。ボクらの大切を護ってくれたからね。ほら、早く」


「あ……ありがとうございます」


 急かすように言えば、慌てて蓋を開ける小さな音。そしてその中を覗き込んでオースはあからさまに顔を顰めている。


 あ。


 あの色なりの匂いもあるやつだ。あれ。


 苦虫を潰した顔。少し涙目になっているのは気のせいではないだろう。ごくりと唾を飲み込む音も聞こえてくるようだ。


 ちよっと。ちょっと飲まなくてよかったなと安堵している自分がいたり。あ、ごめん。なんかごめん。オースが何かを感じ取ったのかこちらを眉を寄せて見ている。罰が悪かったので、ちょっと薄笑いを浮かべて視線を逸らした。


「にしても。君が無事でよかったよ」


 オースが飲むのを見届けてから――もちろんせき込んでいる――おじさんはゆっくりと私に目を向けた。


 ほら、こっちに来なさいと手招きをするので素直に近づいておく。おじさんは怪我を確認する様に視線を巡らせて小さく息を吐いた。


「あまり心配をかけないでほしい。知らせを受けてボクもあの子も生きた心地がしなかったんだ」


 『ぐるる』と唸る竜。そうだ、そうだ。と言っているように聞こえるのはきっと気のせいではないだろう。


 竜にも心配かけて。本当に申し訳なくて眉尻を下げた。これでも反省はしてる。してる。ただ……いい年して学習能力が絶望的に無いだけで。


「ごめんなさい」


「珍しく殊勝なことで。でもまぁ、いずれかの時点で何処か綻びは出るかとは思っていたんだけどね。あの子があの子である以上形は違っても、いつか通らなければならなかっただろうから。それに君はよく考えないで動く馬鹿な性格だし」


 ほとんど何を言っているのか分からないけれど。ごく自然に悪口を言われている気がする。おかしいな。気のせいかな。


 考えているとおじさんは私の頬の汚れをとるように親指で擦る。外見イケメンの顎クイなのだろうけど、大人が子供に『こんなに顔を汚して』と言う図でしかなかった。こっちは成人しているのだけれども、おじさんには子供にしか見えないのかも知れない……。


「ぁあ。前より不細工な顔になって」


「……」


 可哀相に――。


 と言う前におじさんは竜に押されてつんのめっている。辛うじて倒れなかったおじさんは『なんで怒るんだよ?』と抗議で後ろを向いたが竜はそっぽを向いている。怒っているのかその顔は不服気で在った。


 まぁ。いい気味だと思ったのは間違いない。

 

 ありがとう。竜――さん?


 まったく。とぶつぶつ言いながらおじさんは咳払い一つ。オースの様子を見てから私に視線を戻した。オースは回復したのだろう――飲んだことによる後遺症か顔色は悪い――が話が終わるのを木陰で見つめている。


「兎も角だ。君は少し休みなさい」


「休む?」


「あぁ。言っただろう? 酷い顔だって」


 とんと私の額におじさんは指を置いた。『ボクの目を見て』と静かな声が響く。『1,2,3……』ぱちんともう片方の手で指を弾けば私の身体がぐらりと揺れる。それを辛うじて支えたのは震える私の足だ。


「――え?」


 ――おかしいな。


 酷く眠くて。私はぼんやりとした顔でおじさんを見たがその表情は変わることはなく、ただ数字を唱えている。


 まるで子守歌のように。


 でも……行かなければいけないのに――。迷惑が。


 抵抗できないほどの眠気は次第に私の意識と力を奪っていく。


「お、じさん」


「寝なさい――」


 良い夢を。


 その言葉と共に私の意識は途切れていた。

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