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第78話 涙と怒り

看護師さんがノートを開き、静かに読み始めた。


まるで、ベテランの声優が語るような、落ち着いた声だった。


――


ハーブティーのお嬢さんへ


私は、この人生を終える時が来たようです。


ここに書き記すことは、すべて本当のことです。

嘘や作り話は一切ありません。


私の醜い部分も、隠さず書いていきます。


――


彼女は、小さく体を揺らすようにして座り直した。


朗読は、ゆっくりと続いていく。


老人の妹、八重子さんが

「アメリカが憎い、アメリカが憎い」

と言った場面まで読み進めた時――


彼女が、前屈みになった。


看護師さんは、そこで朗読を止めた。


彼女は両手で腹部を抱きしめるようにして、さらに体を折る。


そして、小さな声で泣き始めた。


「止めないで!そのまま続けてください。ちゃんと聴いてます!」


はっきりとした口調だった。


「わかりました」


看護師さんが、再び読み始めようとしたその時――


カールが立ち上がった。


何か異変を感じ取ったのだろう。


看護師さんに伝えようとするように、彼女の顔を覗き込む。


鼻先をそっと近づけていた。


看護師さんは落ち着いた声で私に言った。


「そこのティッシュ、取ってもらえる?」


そして彼女に向き直る。


「大丈夫だから。このまま少し前屈みでね。上は向かないように。喉に流れるから」


彼女の鼻から、少し血が出ていた。


顔も、わずかに赤くなっている。


「交感神経亢進っていうの。

ちょっと興奮しただけだから、心配いらないよ」


看護師さんは手際よく彼女をテーブルの椅子に座らせ、処置をしていく。


その様子は、驚くほど落ち着いていた。


彼女の痛みが、こちらにも伝わってくる。


最初は――


八重子さんに同情して泣いているのだと思った。


けれど、違った。


彼女は、自分の怒りをずっと押し殺して生きてきたのだ。


その奥にあったものが、八重子さんの叫びに触れて、一気に溢れ出したのだと思った。


私はそっと近づき、彼女の背中をさすった。


顔は穏やかだった。


けれど、体は小さく震えている。


それは、恐れではなかった。


怒りからくる震えだった。


私には、それがはっきり分かった。


彼女は、どんな場所で生きてきたのだろう。


私は、同僚の迷惑そうな顔や、上司の呆れた表情、そして自分の無力さに追い詰められて、適応障害になった。


そこに怒りは、ほとんどなかったように思う。


でも――


彼女は、もっと厳しい場所でもがいてきたのだ。


私は、彼女にこのノートを読んでもらって、元気になってほしいと思っていた。


けれどそれは――


ただの思い上がりだったのかもしれない。

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