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第65話 驚嘆

看護師さんはノートを閉じ、静かに目を閉じた。


その内容の重さに、息を呑んでいた。


ノートは、ほぼ一冊を使い切るほどの分量だった。


死の直前に書かれたものだ。


そこには、あの人の執念のようなものが込められていた。


ひとりの人間が、この世に書き残す言葉。


その重みを、確かに感じていた。


看護師さんはひと口、日本茶を飲む。


そして、再びページをめくった。



八重子という名前の、綺麗な目をした可愛い妹でした。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言って、どこまでも私についてきました。


私は生まれつき耳が聞こえなかったので、いつも八重子が私の耳となって助けてくれていました。


八重子の口元を見るだけで、何を話しているのかすべて分かります。

周りの状況も、いつも上手く教えてくれました。


八重子がいたからこそ、どれほど助けられていたことでしょう。


その八重子が、変わり果てた姿で見つかった時、恐ろしくて涙も出なかったと記憶しています。


何の治療もなく、一カ月が過ぎた頃、八重子は苦しみ抜いて死にました。


「アメリカが憎い、アメリカが憎い」


そう言って死んでいったのです。


その言葉は、私の心に深く浸透していきました。


両親と妹を奪った原爆を、そしてアメリカを、心の底から憎みました。


国と国の事情など、何も分かりません。

ただ、戦争の痛みと苦しみだけがありました。


私が十七歳になった頃、あの八重子の言葉が、私の中で大きく膨らみ、抑えることができなくなっていきました。


そして、その言葉は、いつしか私自身の言葉になっていったのです。


怒りの炎が内側で燃え上がり、まるで八重子の怨念が乗り移ったかのようでした。


毎日のように、苦しむ八重子の姿が夢に現れます。

断末魔のような声とともに。


朝、目が覚めて鏡を見ると、私の顔は怒りで真っ赤になっていました。


そんな日々でした。


当時、貧しい子供たちはアメリカ兵からお菓子をもらって喜んでいました。


しかし、私は一度も受け取ったことはありません。


私はアメリカ兵だけでなく、お菓子をもらう子供たちさえ憎むようになっていきました。


広島を焼け野原にしたアメリカ人から、喜んでお菓子をもらう子供たち。


声には出しませんでしたが、心の中では「恥を知れ」と思っていました。


やがて私は、アメリカ的なもの、バタくさいものすべてが嫌いになっていきました。


中でも、どうしても赦せなかったのは、日本人でありながらキリスト教を信じている大人たちでした。


広島にあの惨たらしい出来事をもたらしたアメリカ人。


その彼らが信じている神を、日本人が信じている。


それがどうしても理解できませんでした。


日本人の魂を失った、軽蔑すべき存在だとさえ思っていたのです。


そんな時、キリスト教会と書かれた板が立てかけられた、古びた建物を見つけました。


私は中には入らず、壁にもたれて座り、話が終わるのを待ちました。


怒りをさらに燃え上がらせるため、

自分の中に“燃料”を補給したかったのだと思います。


暴力的なことはしませんでしたが、力の限り睨みつけてやろうと考えていました。


建物の中には、アメリカ人が二人、日本人が五、六人いました。


耳が聞こえないので、何を話しているのかは分かりません。


やがて話が終わり、日本人たちが外に出てきました。


その瞬間、私は鬼のような形相で、今にも飛びかかりそうな目で、一人ひとりを睨みつけていました。


日本が戦争に負け、アメリカに従って生きることを選んだ人たち。


そう思っていました。


売国奴とは、こういう人間のことだと。


優しかった父と母が亡くなったことも、もちろん悲しいことでした。


しかし、一瞬で命を失ったのなら、まだ救いがあったとも思えます。


けれど、幼い八重子は違いました。


変わり果てた姿のまま、何の治療も受けられず、

一カ月もの間、苦しみ抜いて死んでいったのです。


私の怒りの矛先は、アメリカだけでなく、

日本人クリスチャンへと向けられていきました。

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