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第62話 屋上の夕陽

「私も、あなたと友達になりたい。


何も聞かないルールがあるから、私からは聞かない。

でも、話すことで少しでも心が軽くなるなら、いつでも聞くから」


彼女は少し目を伏せた。


「うん、ありがとう。

でも……あの女の人のことは話したくない……」


「いいよ。

何も話さなくても大丈夫だから、安心して」


「ありがとう」


そう言って、泣き出しそうな顔になる。


言葉にしなくても、その心の傷の深さは伝わってきた。


窓の外には、きれいな夕陽が広がっていた。


私は看護師さんに声をかける。


「ももとカールを連れて、もう一度屋上に行ってもいいですか?」


そう言って、彼女の手をそっと取った。


あの屋上。

彼女が柵を越えようとした場所。


だからこそ今、もう一度あそこに立って、新しい出発点に変えたいと思った。


「どうぞ、ゆっくりしておいで」


看護師さんがやさしく微笑む。


彼女のことを私に任せてくれたのが嬉しかった。


「あとで飲み物、持っていってあげるね」


「はい、ありがとうございます」


ももとカールは、私たちの会話を理解していたのだろうか。


ドアの前で、ふたりそろっておすわりをして待っている。


ドアを開けた瞬間、屋上へ続く階段へと駆け出した。


私たちはその後を追う。


屋上に着くと、ももとカールが並んで夕陽を見つめていた。


その姿はあまりにも静かで美しく、忘れられない景色になった。


「神様って、いるのかなあ」


夕陽に照らされた彼女が、ぽつりと呟く。


その横顔は、思わず見とれてしまうほどに美しかった。


私にとっても、それはずっと向き合ってきた問いだった。


突然の言葉に、すぐには答えられない。


私は黙ったまま、ももとカールへと視線を移した。


もし本当に神がいるのなら。


そしてその神が愛の存在なら、どうしてこんなにも苦しい出来事が起こるのだろう。


どうして私や彼女が「消えてしまいたい」と思うほどの瞬間が訪れてしまうのだろう。


私はまだ、「いる」とは言えない。


まだ分からない。


「もし神様がいてくれるなら、

本当に守ってくれるなら……」


彼女は夕陽を見つめたまま、静かに言った。


「私は、神様を信じたい」


その言葉を聞いて、ひとつの違いに気づく。


私は「神」と言い、彼女は「神様」と呼んでいる。


私は駅のホームで、突発的に電車に飛び込みそうになったことがある。


けれど彼女は、実際に柵を越えようとした。


その差はあまりにも大きかった。


痛みの深さが違う。


だからこそ、彼女は「神様」と呼ぶのだと思った。


そこまで追い込まれていたのだ。


私は彼女と友達になれたらいいと思っていた。


でも、先にその言葉を口にしたのは彼女だった。


その理由が、今ははっきりと分かる。


彼女は、私よりもずっとぎりぎりの場所に立っていた。


夕陽は何度も見てきたはずなのに、今日の夕陽がいちばん美しく感じられた。


ももとカールの体毛が、やわらかな光の中で静かに揺れていた。

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