52 焦り
翌日...
お昼前、父から電話があった。
「今、入院の手続きが終わったところだ...
8人部屋で、お母さんはベッドで落ちついている。
検査は明日からで、脳のMRIや内耳のリンパ液、目の動き(眼振)や体のバランスなどを調べるらしい。
今は落ち着いているので心配しなくていいからな」
「うん...。分かった。お父さんも無理しないでね...
また、電話ちょうだい...」
「分かった」
会話はそれだけだった。
大事にならない事を祈るだけだ。
私には何もできない。
電話を切ると、やはり落ち込んでしまう。
母のこともあるが、自分の置かれている状況が情けない。
私は、女性としていちばん輝いていてもいい時期だ。
2度と戻らない季節を、悩みと焦りと不安の中で過ごしている。
父や母を助けるどころか、経済的な負担もかけてしまって...
学生の頃の友人は、結婚して子供がいる人もいる。
焦ってもどうしようもないことは、分かっているが、今が苦しい。
この適応障害というのは、どのくらいで治るのだろうか?
医師は一年か一年半かもう少しかかるかもと言われていたが、私はまったく良くなる気配がない。
本当によくなるのだろうか?
元気になる気がしない。
スマホやタブレットを使わないようになったが、それは周りの騒音レベルを下げるためだった。
でも、心配事は容赦なく襲ってくる。
心に負担をかけないようにと何度も言われていたが、現実の世界でそんなことは出来ない。
母のことだけではない。
私の将来設計はどうなってしまうのだろう?
何も身につけていない。
この社会で戦っていくための武器を持ってない。
人より抜きん出たなにかを持っていない。
無職のままだと収入もない。
それは私にとって大きな心の負担になる。
いつまでも両親に甘えてはいられない。
でも、アルバイトができる状態ではない。
朝起きてから寝るまでの時間、ずっと焦りと不安の中だ。
気持ちがもたない。
仕事を辞めればストレスにさらされないというのは、私の場合はまったく当てはまらない。
ストレスの種類が変わっただけだ。
両親にどうしても言えない事がある。
自分でも信じられないことだ。
死んで楽になりたいと思っている瞬間が出てきてしまっている。
この間、あの海岸から帰る時、ホームで電車を待っていた時のことだ。
突発的に電車に飛び込みそうになってしまったのだ。
楽になりたいとは常に思っているが、死んで楽になりたいと思ってしまったのは、あの時が初めてだった。
怖くなってしまい、ベンチに座ってしばらく立てなくなっていた。
自殺願望というのではない、突発的に自分の意思とは違う何かが襲ってくるのだ。
そんな親不孝はぜったいしたくない。
でも、自分の意思とは思えない様な衝動だった。
それが怖い...
自分にも希死念慮という怪物が来たのだろうか?
怖い....




