45 落ちたビラ
「あなたの顔が明るくなったので、私はほんとに嬉しい...
来週どうする?来れる?
土曜日までに教えてくれたらいいからね。
来たい時だけ来てくれたらいいよ。
それが一番です。
無理して行かなきゃと思っちゃだめよ。
分かった?」
「分かりました。
土曜日までに連絡させて頂きます」
もう一度、ももを抱きしめ、カールの体を撫でて病院を後にした。
*
部屋に帰って、ベッドに座り、今日の1日を振り返ってみる。
あの看護師さんに会いにいってほんとうに良かった。
この人生を再スタートできるかもしれない。
そんな気持ちにさせてくれた。
7回も路上で心臓マッサージした話が忘れられない。
あの時、この世界に本当に神がいるのかもしれないと思えた。
偶然だとは思えない話だ。
偶然でないとしたら、必然だったことになるのだろうか?
酔っ払いに見えた人の方から、手が引っ張られたという話も嘘とは思えない。
前に鳥籠理論というのを聞いたことがある。
鳥を飼いたければ、まず鳥籠を準備しなさいという教えだったように思う。
願いが叶った時のことを想定して準備しておくと、現実からも近づいてくるという話だ。
だとすれば、あの看護師さんはいつでもどこでも助けを求める人がいれば、助けるんだという心の準備をしていたのだろう。
出来ることをできる範囲でやると確か言っていた。
カウンセリングのボランティアもそのスピリットがあるから出来るんだ。
あの心臓マッサージを受けた人や、酔っぱらいに見えた人...
あの看護師さんのスピリットと準備に引き寄せられた人達なんだと思えてきた。
神が人選しているのかもしれない...
それ以外の解釈が思いつかない...
*
ベッドの枕元にある老人のノートを開いて見たくなった。
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このページまで読んでいる。
私は神に問うていたのだ。
それは私が神の存在を認めていることに他ならない。
本当に神などいないと思っているなら、神に対する怒りも質問もないはずだ。
私は神を信頼してはいないし、信じてもいないが、神の存在は認めているのだということに気がついたのです。
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ここからだ...
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私が好きだった唱歌の故郷や紅葉、春が来た、春の小川...
それらを作曲したのが日本人クリスチャンだったと知った時、大切にしていたハーモニカを海に投げ捨て、唱歌も捨てたつもりでした。
しかし、唇が覚えた振動と心に深く浸透していたメロディーと歌詞は私から離れてくれませんでした。
忘れようとすればするほど、語りかけてくるのです。
八重子を殺したアメリカの神を信仰している日本人クリスチャンが赦せないままでした。
私の唯一の慰めであったハーモニカと唱歌を捨てた日々は、私を廃人のようにしていったのです。
90歳を過ぎていた私にはもう何の喜びも楽しみもなくなっていきました。
あの休ませてあげますという声を聞いたことも忘れてしまっていたのです。
唱歌を捨てた私は魂の抜け殻のようでした。
そんな時、両足と片腕がない男性が路上でキリスト教の布教活動をしているのを見たのです。
たったひとりでビラを配っていました。
私より一回り若いくらいの人です。80歳くらいだと思います。
ハガキくらいの大きさに切ってある紙を配っていました。
私は受け取りませんでしたが、落ちているビラに目が止まりました。
そこには手書きでこう書かれてあったのです。
[すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます]
休ませてあげますという文字に衝撃を受けて、その場から動けなくなっていました。




