42 神の声
「もう、お仕事は終わられているんですか?」
「日曜日は午前中までなの。
このボランティア、院長も応援してくれていて、勤務時間のことやいろいろ助けて下さっています。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ、何でも聞いてください。」
「このボランティアをしようと思われたきっかけは何だったんですか?」
「きっかけは、ももちゃんのお母さんです。
ももちゃんを産んで3ヶ月たったころ、ももちゃんとお母さんが外にいた時、お母さんだけ車にはねられてしまったの。
それからお母さんは下半身が麻痺してしまったけれど、命は助かった。
でも、ひとりでトイレも出来なくなり、目が離せないので、毎日2人を病院に連れてきていた。
私が仕事中は屋上で過ごしてもらってたんだけど、次第に入院患者さんや子供達がその屋上で遊んでくれたり、お世話してくれるようになっていったの。
そしたら、元気のなかった子供達や、患者さんの顔が明るく変わっていくことに気がついたのです。
特にメンタルの問題を抱えていた子供達がももちゃんたちと遊んでいるうち、心が豊かになってよく笑って楽しそうな姿を見せてくれるように変わっていった。
その時、病院のセラピードックとももとお母さんといっしょに病室を回りたい。
そう言う願いが起きたの。
私は内科だけど、心療内科の先生と相談して私がボランティアで、日曜日にカウンセリングすることになり、その時、ももちゃんとお母さんとセラピードックにいてもらうことに決まったの。
私はカウンセリングの資格も何も持っていないから、病院の仕事ではありません。
カウンセリングという言葉も使えない。
患者さんや地域の人達と安心して、話をしたり、お茶を飲んだりするだけのボランティア...
ももは、お母さんが車にはねられた時の急ブレーキの音が忘れられなくなってしまって、機械の音や食器を運ぶ時の音が怖くなってしまい、今でも震えてしまうようになっている。
残念ながらももちゃんのお母さんは、しばらくして亡くなってしまった。
でも、ボランティアは続けている。
ももとカールだけでこれからも続けるつもり。
私は何でも出来ることをできる範囲でやればいい、そう思っているの。」
「そうだったんですか...
ももちゃん、かわいそう...
このまま抱いていてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ
聞きたいことや、話したいことがあったら、遠慮なく言ってね」
「はい、意見を聞かせてほしいことがあるんです。」
「何でもどうぞ」
「私が、あの老人と海岸にいた時のことなんです。
あの方は夕陽に向かってハーモニカを吹いていました。
私は少し離れた所にいたのですが、不思議なことがあったんです。
老人以外に誰もいなかったのに、声が聞こえたんです。
休ませてあげますという声でした。
その日、2回もあの海岸で聞いたんです。
あの老人のノートにも私と同じように休ませてあげますという声を聞いたと書かれてありました。
あの方は耳が聞こえません。
聞こえるはずはないのですが、休ませてあげますという声を聞いたと書いてあったのです。
あの老人が嘘をつくはずがありません。
ご自分の死が、目の前に迫っているときに嘘をつく理由がありません。
それに私もはっきり聞いたのですから...
私は最初メンタルの病があるので、幻聴を聞いたのだと思いましたが、あのノートを見て老人も聞いたことを知って、幻聴でなかったことを知りました。
このことは両親にも誰にも話したことはありません。
あの老人以外の人に話すのは今日が初めてです」
「そう。そんなことがあったの。
私は信じるよ。
あなたが嘘をつくような人ではないことがわかっているから。
それに十分あり得る話だと思います。
私は職業柄、多くの人の死を見てきました。
死期を目前にした患者さんからびっくりさせられる話もたくさん聞いてきました。
私はまだ神様を信じているとはいえない者ですが、人間は死を持ってすべてが終わるとは思ってはいません。
患者さんの死を見てきた医師や看護師は死の問題に対して多くの疑問や質問を抱えています。
考えないようにしていると言ってもいいかもしれません。
不思議な説明のつかない体験がたくさんあるのです。
医師や看護師は守秘義務というのがあるので、具体的なことは言いません。
でも、私は人間は死んだら記憶も意識もなくなってしまうとはどうしても思えないのです。
私がそう思える話を患者さんからたくさん聞いてきたことは事実です。
だから人がある状況下で神かもしれないと思える声を聞くことはあっても不思議ではないと思います。」
良かった。
話して良かった。
たくさんの患者さんの死を見てきた看護師さんの客観的な意見だ。
私が神の声を聞いたのはほぼ間違いない。
そう思えた。




