41 カウンセリング
翌日
午後3:00
看護師さんとの約束は午後6:00から。
病院に行く前にもう一度あの海岸に寄ってから行くことにする。
海岸から病院まではゆっくり歩いても15分もかからない。
今からあの海岸に行って、直前まで静かに海を眺めていたい。
*
PM4:15
やはり海は気持ちいい。
仕事を見つけてお金を貯めて、この海まで歩いて来られるところに住めるようになりたい。
ここに来るとハーモニカを吹いている老人の姿が浮かんでくるようだ。
あの小鳥にキスしているような後ろ姿、海風に溶けていくようなハーモニカの音色...
老人のノートをまだ最後まで読んではいないが、おそらくキリスト教の神を信じたんだろうと私は思っている。
私が初めて会った時、あのキリスト教徒の岡野貞一さんの曲を吹いていたからだ。
日本人クリスチャンを憎み続けているなら、故郷や紅葉を吹くはずがない。
それにあの笑顔は本物だった。
私の目には死を恐れていない人間に見えていた。
死ぬ前に私にあの休ませてあげますという言葉は神からのメッセージだと伝えてくれるはずだ。
途中までしか読んではいないがそこは分かる。
そこに辿り着くまでの、老人の心のプロセスを理解したい。
神についての私の疑問を解いてほしい。
でも本当に神は神を信じている者にも信じていない者にも語りかけることがあるのだろうか?
今日あの看護師さんにあったら、このことを話してみたい。
私が休ませてあげますという言葉をこの海岸で聞いたことを...
そしてあの老人も同じように聞いたと言われていたことを...
何と思われるだろう?
*
PM5:20
何と思われるだろうと思いながら生きていくのはもういい加減やめるべきだ。
私は何と思われてもいいと思って生きていきたい。
PM5:40
病院の前
ラブラドールと真っ白な可愛い猫が並んで待っていてくれた。
すぐ横に笑顔で優しく手を振る看護師さん。
私も手を振って挨拶した。
「2階の部屋なの」
「はい」
「階段でいくね。ももがエスカレーターもエレベーターも怖くて乗れないの」
ラブラドールがももちゃんのリードを咥えて、階段を登っていく。
ふたりともおとなしくて可愛い。
とても綺麗な部屋....
丸テーブルが3つ、感じのいいレストランみたい。
大きなガラスのスライドドアから夕陽が綺麗に見えている。
すべてのガラスドアが少しずつ開けてあり、風通しがいい。
海の匂いがしている。
すべてのテーブルに綺麗な花が贅沢なほど飾られていた。
「はい、どうぞ座ってください。
お飲み物用意するね。
何がいい?
あっ、ハーブティー持っているんだっけ...」
「はい、でも紅茶頂きたいです」
「了解、了解、この子達はいつもミルクなの。
電話でも言ったけど、私からは何も聞かないけど、私には何を聞いてもいいからね。
ももはとても怖がりで、機械の音がダメなの、だから車もバイクも怖くて外にひとりでは出られないの」
何気ない話がありがたい。
私がリラックスできるように最大限の心配りをしてくれる。
「2人とも可愛いですね。ももちゃん抱いていいですか?」
「どうぞどうぞ、機械の音は嫌いだけど、人間は大好きだから...
でも、カール...あっ...ラブラドールはカールっていうの...
カールも同じだけ触ってあげてね。
カールはナイーブですぐ嫉妬しちゃうから...」
「動物もひとりひとり個性があるから、そこは人間と同じ」
「紅茶は、レモンがいい?ミルクティーにする?」
「じゃあ、ミルクティーでお願いします」
「了解、了解」
「ふっふっ!それ口癖なんですね!」
私は看護師さんの優しさと2人の可愛らしさにすっかり魅了されていた。
私はひとりが好きなのは変わりないが、こういう交わりなら好きかもしれない。
ももちゃんを抱き抱えていたら、痺れを切らしたようにカールが近寄ってきて私の膝に顎を乗せてきた。
「カールって名前を呼んであげて...
頭を撫でてあげると喜ぶよ」
カールの頭の毛が柔らかくてサラサラで気持ちいい。
大袈裟ではなく、私の人生の中に光が差し込んできたようだ。
長い間、忘れていた楽しいという感情が湧き出していた...
適応障害は先の見えないトンネルのようだと思っていたが、本当は目の前に黒いハンカチが1枚被さっているだけかもしれない...
まだ何もはじまっていないが、ここに来れて良かった...
嬉しい...
来たばかりなのに、この病の出口が見えるようだった。




