38 父の背後
私はこの適応障害という心の病を通して何を考え何を感じてきたのだろう?
人生に意味のないことは起きないというが、もしそれが本当なら、私にとってこの適応障害はどんな意味があるのだろう?
仕事を辞め、社会から弾き出され、お金に困り、両親に負担をかけて、毎日先の見えない霧の中をただ歩き、座り込んだりしているだけ...
もしこの病がなければ、あの仕事を続けて毎日忙しくして、お金を稼いで...それだけ?
海岸のあの夕陽も生きているようにキラキラ光る海面も見ることはなかったかもしれない。
元気な時に見る海と病の中で見る海は全く違う。
涙と悔しさの中で見る海や夕陽は、今までの人生の中でいちばん心に沁みる光景だった。
不安や恐れの中を通り過ぎた後、人は新しい視点が与えられるのかもしれない。
私がこの適応障害で学んだことがあるとすれば、自分で自分を、コントロール出来ないことが、現実に起きてしまうということだ。
もう打つ手が無くなる時が来るということだ。
私は父が20万円を封筒に入れて渡してくれた時、
父は
「何も言わなくていい。なんでもしてやる。なんでもだ」
という言葉を聞かせてくれた。
私はその時、父の背後に神のような何かを感じていた気がする。
その時まで、神のことなど一度も考えたことはなかった。
私は新しい視点から現実の世界を見た思いだった。
神は本当にいるのかもしれないという視点だ。
神に頼るのは弱い人間だと思っていたが、実際私は弱い。
本当に弱い。
守ってくれる神がいてほしい。
*
横で寝ている母のパジャマに朝日が当たり、白く光って見えてきた。
母の寝ている姿を見ていたら、私がまだ子供だった頃を思い出す。
小学校の入学式、運動会、遠足...
いつも母は笑顔で優しかった。
私を大切に育ててくれた。
この母にもいつか死が訪れる。
別れなければならない時がくる。
母がメニエールになってから、私はさらに弱気になって、いろいろ考えてしまう。
母や父を助けなければならない時に、お金のことで負担をかけていることが悔しくて情けなくて仕方がない。
この人生は自分の思うようにはいかない。
けれど、泣いてばかりはいられない。
今、冷静になって自分のこれからの生き方を考えるとき、あの老人と出会えたことは偶然ではない気がしている。
あのハーモニカの音色やメロディーは何故、私の不安と恐れを一瞬で消し去ることが出来たのだろう?
好きな曲を聴いて楽しくなったりするのとは、まったく質が違っていた。
別物だった。
楽しさや嬉しさを与える目的で作られた曲ではなく、心を揺さぶり聞くも者の生き方を変えてしまう何かを内側に抱え込んでいるように私には思える。
そうでなければ、何十年も世代を超えて受け継がれてはいかない。
私にこの母や父の力になることができる方法を神が与えてくれるなら、私は喜んで神を受け入れる。
心からそう思っている。




