36 超自然
私には家族と呼べる者がひとりもおりません。
部屋に帰っても、海の見える海岸にいても、何処にいても同じことです。
誰も心配する人はいません。
あの休ませてあげますという言葉の意味と答えはこの海岸で見つけられるのではないかと思い、ただあの砂浜に座っていました。
分かっているのは、あの声が気のせいではないということだけです。
私は耳が聞こえないので、人間の声だとは思えません。
だとすれば、自分の心の声か神のような超自然の存在からの声かのどちらかしかないと思えたのです。
誰もいない海岸の砂浜に座って、私ひとりだけの心の会話が始まりました。
ひとり問答が始まったのです。
もし、神のような存在が私に言った言葉だとすれば、何から休ませてくれるというのですか?
そればあなたの怒りからです。
怒ることから休ませてくれるということです。
怒りはエネルギーを吸い取り、判断を狂わせ、さらなる怒りを取り込んでいきます。
心は疲れ果てるのです。
その怒りから解き放たれる必要があるのです。
怒りを断ち切って、心に平安を取り戻すことが休ませてあげますという言葉です。
私のひとり問答は続きます。
だとすれば、あの休ませてあげますという声は私の心の声ですか?
神の声ですか?
教えてください。
この質問は煙のように空に消えてゆきました。
一番聞きたい質問には沈黙が立ちはだかるのです。
しかたなく私は、暗くなるまでこの海岸で真っ赤に染まる夕陽を眺めていたのです。
何故あんなに遠くにある太陽の熱がここまで届くのだろう?
宇宙空間には、空気はないのにどうして暖かさが伝わってくるのだろう?
太陽は何処からエネルギーを取り込んでいるのだろう?
1日も休まず燃え続けている太陽は何処から燃料を補給しているのだろう?
海の水はどうして海底に染み込んでいって無くならないんだろう?
私のひとり問答は止まらない。
宇宙は何処まで続いているのだろう?
いつ宇宙はできたのだろう?
私は何処からきたのだろう?
私は何処へいくのだろう。
天獄や地獄はほんとうにあるのだろうか?
何ひとつ私は分からない。
私は死んだらどうなるのだろう?
記憶も感覚も何もかも、なくなってしまうのだろうか?
それとも天国か地獄に行くのだろうか?
いろんな疑問が溢れて止まらなくなってしまった。
90年も生きてきて、まもなくこの人生を閉じようとしているのに何も知らない、何も分かっていない...
あなたが神なら答えて欲しい!
何故、八重子はあんな姿で死ななければならなかったのか?
父や母がどんな悪いことをしたというのか?
神なら答えられるはずだ。
答えてみろ!
何故、私がろうあ者として生まれてこなけれはならなかったのか?
答えてみろ!
何故、私を愛してくれる女性がひとりも現れなかったのか?
答えてみろ?
私のひとり問答は神に対する怒りに変わっていた。
本当の自分の姿が炙り出されていた。
その時、はっきり気がついたのです。
私は神に問うていたのだ。
それは私が神の存在を認めていることに他ならない。
本当に神などいないと思っているなら、神に対する怒りも質問もないはずだ。
私は神を信頼してはいないし、信じてもいないが、神の存在は認めているのだということに気がついたのです。




