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26 八重子

当時、両親と妹と4人で爆心地に近い第二基町という所に住んでいました。


原爆が落とされた日の朝早くに、私は母に用事を頼まれて電車で30分くらいの八本松という所にいっていました。


そのために私だけ原爆の被害を受けずにすんだのです。


しかし、家にいた父と母はひとたまりもありません。

一瞬で亡くなったようです。

確認のしようもありませんでした。


原爆の後、焦土と化した街に入って家があったと思われる場所に行きましたが、跡形もなかったのです。

どうすることも出来ませんでした。


そのあと、妹を探していると、妹の友人の家の近くで、全身大火傷の状態で見つかりました。

一目見て助からないだろうと思うほどの状態で、声をかけることさえ出来なかったのを覚えています。


八重子という名前の綺麗な目をしていた可愛い妹でした。


お兄ちゃん、お兄ちゃんと言って何処までも私についてきました。


私は生まれつき耳が聞こえなかったので、いつも八重子が私の耳になって助けてくれていました。


八重子の口元を見るだけで何を話しているのかがすべてわかります。

周りの状況をいつもうまく教えてくれました。


八重子がいたので、どれだけ助けられたことでしょう。


その八重子が変わり果てた姿で見つかった時、恐ろしくて涙も出なかったと記憶しています。


何の治療もなく1カ月が過ぎた頃、八重子は苦しみ抜いて死にました。


アメリカが憎い、アメリカが憎いと言って死んでいったのです。


その言葉は私の心に深く浸透してゆきました。


両親と妹を殺した原爆を、そしてアメリカを心の底から憎みました。


国と国の事情は何もわかりません。

ただ戦争の痛みと苦しみだけがありました。


私が17歳になった頃、あの八重子のアメリカが憎いと言った言葉が、私の中で大きく膨らんできて、抑える事が出来なくなってきたのです。


そしてその言葉は私自身の言葉になっていきました。


怒りの炎が内側で燃え上がって、まるで八重子の怨念が乗り移ったかのようです。


毎日のように苦しむ八重子の姿が断末魔のような声と共に夢に出てくるのです。


朝、目が覚めて鏡を見ると私の顔は怒りで真っ赤になっていました。

そんな毎日だったのです。


当時、貧しい子供たちはアメリカ兵からお菓子をもらって喜んでいました。

しかし、私は一度ももらったことはありません。


私はアメリカ兵だけでなく、お菓子をもらう子供達さえ憎むようになっていったのです。


原爆を落とし、広島をめちゃくちゃにしたアメリカ人にお菓子をもらって喜んでいた子供らに対し、声には出しませんでしたが、心では恥を知れと思っていました。


しだいに私はアメリカ的なもの、バタくさいものが大嫌いになっていったのです。


中でも私がいちばん赦せなかったのは、日本人のくせにキリスト教を信じている大人たちでした。


広島の街を焼け野原にし、広島の人間にあんな惨たらしい殺し方をしたアメリカ人...

彼らが信仰している外国の神を信仰する日本人がいちばん赦せませんでした。


日本人の魂を抜き取られてしまった軽蔑すべき人間のクズだと考えていたのです。


そんな時、キリスト教会と書いた板が立てかけてあるボロボロの建物を見つけたのです。


私は中には入らず、建物の壁にもたれて座り、話が終わるのを待ち構えました。


さらなる怒りを燃え上がらせるため、ガソリンを補給したかったんだと思います。


暴力的なことはしませんでしたが、力の限り睨んでやろうと考えていたのてす。


建物の中にはアメリカ人が2人、日本人が5~6人いました。


耳が聞こえないので何を話しているのかは分かりませんが、話が終わり日本人が出てきた時、私は鬼のような形相でその日本人達を今にも飛びかかりそうな目で、一人一人睨みつけていました。


日本が戦争に負けたので、もうアメリカに従って生きていく方が楽だと考えている人達なんだと思っていました。


売国奴とはこういう人間のことだ...そう感じていました。


優しかった父と母が亡くなったことはもちろん悲しいことです。


しかし、一瞬で死ぬ事が出来たのなら私には救いでした。


でも、幼い八重子は変わり果てた姿で、何の治療も薬も与えられず、1カ月も苦しみ抜いて死んでいったのです。


私の怒りの矛先はアメリカはもちろんですが、日本人クリスチャンに向けられていったのです。


助けの手を差し伸ばさなければならない苦しむ同胞の日本人をほったらかしにして、アメリカになびく日本人のキリスト教徒を殺してやりたいほど憎みました。


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