第251話 屋上に神様が舞い降りた
ドアが開いた。
カールの、いつものお出迎えだ。
やはり、カールにとって看護師さんは特別な存在なのだと思う。
喜び方が違う。
尻尾がちぎれそうなほど、ぶんぶん振り回している。
「クワン、クワン」
小さな声まで漏れていた。
かわいい。
「ただいま」
看護師さんの表情は明るかった。
「久しぶりの出勤、どうでした?」
彼女が尋ねた。
「みんな、ちゃんとやってくれてたよ。
というか、私がいない方が、のびのびやってたみたい」
「そんなことないですよ」
彼女が言った。
「今日は新人さんのお世話をちょっとしただけ。
それから院長と話して、もう少しお休みをいただくことになったの。
ちょっと安心したよ」
「よかったですね」
私が言うと、看護師さんは頷いた。
「院長にだけは、娘の旦那さんのことも話しておいたの。
話すべきかどうか、ずいぶん迷ったんだけど……
黙っていられなくなってね。
話してみたら、なんだか心が楽になった気がする」
彼女が少し心配そうな顔をした。
私も気になって、尋ねた。
「院長先生、何ておっしゃったんですか?」
「話してくれてありがとうって。
仕事のことは気にしなくていいから、何でも協力するよって言ってくださったの」
私も彼女も、ほっとした。
「それとね、子どもたちが、ももとカールだけでもいいから会わせてほしいって言ってるんだって」
「そうなんですか」
彼女は、どこか嬉しそうだった。
彼女がお茶を入れ、看護師さんの前に置いた。
「出勤、お疲れさまでした。どうぞ」
「ありがとう」
看護師さんが湯飲みを手にすると、彼女が言った。
「それから、ニュースがあるんです」
「ニュース? 何のこと?」
「私、小説のモデルになることが決まったんです」
「小説のモデル?」
「そうなんです」
彼女は、得意そうに続けた。
「小説のモデルになるんです」
「へえ。それはすごいね」
「タイトルも決まってるんですよ。
えーっと、何だっけ……」
そう言って、私を見た。
えっ。
タイトルなんて、まだ何も考えていない。
私は咄嗟に、口から出てきた言葉をそのまま言ってしまった。
「『屋上に神様が舞い降りた』……かな」
自分でも驚いた。
どうして、そんな言葉が出てきたのだろう。
ところが彼女は、すぐに調子を合わせた。
「そうそう。
『屋上に神様が舞い降りた』だった」
看護師さんは、不思議そうに私たちを交互に見た。
「なんか変だな。
怪しすぎる。
二人で何を隠してるの?」
まるで刑事のような目つきだった。
私と彼女は顔を見合わせた。
「まあ、いいか」
看護師さんは、ぱちんと手を叩いた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「今日は久しぶりに子どもたちに会えて、元気をもらったよ」
その顔を見ていたら、私も話したくなった。
「私も今日、嬉しいことがあったんです」
思わず口を挟んでしまった。
「なに? 何があったの?」
看護師さんが、私の顔を覗き込んだ。
「母が、退院できるかもしれないんです」
「えっ、本当?」
看護師さんと彼女が、拍手してくれた。
「お母さん、良くなったんだね。
あなたが何も言わないから、私からは聞かなかったけど、ずっと気になってたんだよ。
よかったね。本当によかったね」
看護師さんが、私を抱き寄せた。
「ありがとうございます」
そう答えると、彼女が言った。
「ああ、すっきりした。
それで中庭で泣いてたんだ。
言ってくれたらよかったのに。
心配して損したよ」
そう言って、私の背中をぽんと叩いた。
「ごめんね」
私が答えると、彼女は笑っていた。
看護師さんが、湯飲みを置いた。
「今日はお風呂に行って、ビールでも飲みたい気分だよ」
そう言ってから、すぐに彼女を見た。
「でも、ビールを飲んだら、さっきの小説の話、続きを聞かせてもらうからね」




