第248話 預けられたことば
午後十一時過ぎ。
「そうだったんですね」
彼女が言った。
看護師さんは今日あったことをすべて話した。
「それで、
オーナーは、また娘さんのところに行くんですか?」
「うん。多分ね」
「娘はオーナーさんに話したいことがまだあるらしいの」
私は娘さんのことをずーっと考え続けていた。
特に娘さんの孤独に関することだった。
一度も会ったことがないので、
わかるはずがないのだが考えてしまうのだ。
親しい友人だったらわかるのだが、
私はなぜ娘さんのことが、
こんなにまで気になるのだろう。
私の中のなにかが、触発されているように感じていた。
娘さんのことだけを考えているのではない感じだ。
心に痛みを感じて、自分の弱さを嘆く人に寄り添いたい。
そんな願いがあるように思う。
私が、
もういい、と思ってしまい、
電車に飛び込みそうになって、
自分がなにをしでかすかか恐ろくなって、
どうしようもなくなった時があった。
あの時、看護師さんが私の部屋まで、飛んできてくれた。
あの時の安堵感が忘れられない。
もし、あのとき看護師さんが来てくれなかったら、私は本当にどうなっていたかわからない。
今の私に何ができるかわからないが、
あの時の看護師さんのように飛んでいける人になってみたい。
看護師さんに恩返ししたいのだと思っていたが、そうじゃない。
私の中の炎は娘さんにだけ向けられるものではない気がしている。
助けてくれた人の娘さんだからとは違う。
考えれば、今、横で寝ている彼女が屋上から飛び降りようとした時も、
あの小さな炎が灯っていた気がする。
彼女の力になりたいと確かに思っていた。
力になれたかどうかはわからないが、
彼女も死の淵から戻ってきてくれた。
私は布団の中で、一人静かに祈っていた。
私の道を教えて下さい。
私の仕事は何でしょうか?
神様は沈黙されたままだった。
ただ、呼吸が楽になっていた。
心は穏やかだった。
*
翌朝、
午前五時
二人はまだ寝ていた。
私は布団の中で、昨夜のことを考え続けていた。
そう。
少し大袈裟かもしれないが、自分のすべきこと、使命のようなことを考えていた。
忘れられないのは、
あの海岸で聞いたあのことばだ。
「休ませてあげます』
そう。
まさにあのことばだ。
何故、私はあのことばを聞いたのだろう。
朝の光がカーテンから差し込んできた。
新しい解釈の扉が開かれてくるような気配がした。
でも、何も変わらない。
ただ、ひょっとするとあの
『休ませたあげます」は
私に言われたことばであると同時に、
神様が、私に預けてくれたものなのかもしれない。
誰かのところに届けるためなのかもしれない。
私は、二人を起こさないように、そっと布団から出て、ドアを開け廊下にでた。
廊下の窓を開け深呼吸すると、草の香りが漂っていた。
神様は沈黙されたままだったが、あの炎は少しだけ大きくなっていたようだった。




