第242話 まだ、赦してないから
看護師さんは、窓の外を見つめていた。
しばらくして、口を開いた。
「あの日、娘は私にも面と向かって同じことを言ったの。
お母さんのせいだ。
お父さんを殺したのは、お母さんだって……
それから、家を飛び出していった。
その後、あなたのところに行ってたんだね。
知らなかった。
あの日は、とうとう帰ってこなかったの。
私は、主人のことで頭がいっぱいで、娘を探しに行く気力もなかった……」
オーナーさんは、私と彼女に目を向けた。
「聞きたくない話、聞かせちゃったね」
看護師さんが言った。
「娘が私にそう言ったことは、もう二人には話してあるの」
「そうだったの……」
オーナーさんは、看護師さんに向き直った。
「娘さんを叩いたこと、黙っててごめんなさい」
看護師さんは、そっと目を閉じ、頷いた。
彼女が口を開いた。
「でも、娘さん、それでもオーナーさんに会いたいんですよね。
自分から電話をかけてきたんだから……」
私は考えていた。
もし、私が娘さんの立場だったら、オーナーさんに会って、何を話したいだろう。
いや、何かを話したいというより、ただ会いたいだけなのかもしれない。
オーナーさんは、娘さんの母親と幼なじみだ。
母親との関係を修復するために、何かを探しているのだろうか。
わからない。
娘さんが精神科に入院して、半年になる。
摂食障害にも、まだ目立った回復の兆しはないようだ。
もし私だったら、何かきっかけになるものを探したくなる気がする。
娘さんは、看護師さんから神は愛の神だと聞かされてから、少しずつ変わり始めているのではないだろうか。
そんな気もしている。
オーナーさんの焼きそばが食べたい。
そう電話で伝えることは、娘さんにとって、とても勇気のいる一歩だったのかもしれない。
もちろん、私の考えすぎかもしれない。
娘さんの本当の気持ちは、娘さんにしかわからないのだから。
私にできることは、何だろう。
娘さんが読んでくれるかどうかもわからない。
それでも、まずはあの手紙を完成させたい。
自分にできることを、心を込めてやってみたい。
改めて、そう思った。
彼女が、看護師さんを見て言った。
「娘さんが自分から行動を起こしたこと、ちゃんと受け止めてみませんか。
せっかくの機会を、大切にしてほしいんです」
行動派の彼女らしい言葉だった。
「私も、そう思います」
思わず口にしていた。
看護師さんは、オーナーさんに目を向けた。
「焼きそばを食べる許可は、たぶん出ないと思う。
でも、娘に会いに行ってくれる?
できれば、二人だけで話してみてほしいの。
私はその間、別のところで待ってるから。
あなたの都合のいい時間を聞いて、向こうの先生に相談してみる。
どう?」
「もちろん、行くわよ」
オーナーさんは、すぐに答えた。
私たちは、冷めかけたピザを再び食べ始めた。
ふと、彼女と目が合った。
彼女の口元が、わずかにほころんだ。
私も頷いた。
何かが、前に動き始めている。
私たちは、言葉にしなくても、お互いの考えていることが少しずつわかるようになっていた。
看護師さんが、柔らかな表情で言った。
「ここのピザ、冷めてもおいしいね」
「ありがとう」
オーナーさんが答えた。
看護師さんは、オーナーさんに目を向けた。
「娘を引っ叩いたこと、まだ、赦してないから」《《》》




