第240話 焼きそばを食べたい
コン、コン。
ドアを叩く音がした。
私がドアを開けると、カフェのオーナーさんが立っていた。
「あら」
看護師さんが、少し驚いた顔をした。
オーナーさんは看護師さんを見て、
「ちょっといい?」
「どうしたの?」
「さっきね、娘さんから私に電話があったの」
「えっ、娘から?
あなたのところに?」
「そう」
「何だって?」
「私の声が、ちょっと聞きたくなったって」
「……」
看護師さんは黙っていた。
「それからね。
久しぶりに、私の作った焼きそばが食べたいなぁって言ったの。
突然電話してきて、そう言ったのよ。
どう思う?」
彼女が、オーナーさんの顔を見た。
「それって……。
焼きそばを食べたいっていうのは、会いたいっていうことじゃないですか?
私には、そう思えるんですけど」
看護師さんが尋ねた。
「それで、何て答えたの?」
「いつでも作ってあげるよって」
「それだけ?」
「うん。
娘さん、『ありがとう』って言って、すぐ切っちゃったから」
看護師さんは、しばらく考え込んでいた。
娘さんは、なぜお母さんではなく、オーナーさんに電話をしたのだろう。
私も、そのことが気になった。
*
「ねえ、みんな、晩ご飯はまだでしょう?」
オーナーさんが言った。
「よかったら、一緒に食べない?
娘さんのことも、少し話したいし」
「うん。いいね」
看護師さんが答えた。
「それにね、私も久しぶりに娘さんに会いたいの。
向こうから焼きそばの話をしてくれたんだから、作って持っていってあげようかなって思ってるんだけど」
看護師さんはうなずいた。
「そうだね。
もし娘が会いたいと思っているなら、行ってみてくれる?
私が一緒だと、まだ話しにくいこともあるかもしれないし……」
「うん。
でも、まずは娘さんがどうしたいのか、確かめてみるね。
病院にも、食べ物を持っていっていいか聞いてみないとね」
「ありがとう」
彼女が、看護師さんの背中にそっと手を当てた。
「誰かに会いたいって思えるのは、娘さんにとって、いい変化なのかもしれませんね。
本当にしんどい時って、誰にも会いたくなくなることもあるから……」
「うん。
そうだね。
いいことなのかもしれないね」
看護師さんは、そう言ってうなずいた。
私は、焼きそばのことを考えていた。
娘さんは、食事をすることさえ難しい状態だったと聞いている。
その娘さんが、自分から焼きそばを食べたいと言ったのだ。
それが、何だか嬉しかった。
*
私たちはオーナーさんに誘われ、病院の前に新しくできたピザ屋さんへ向かった。
今日はオーナーさんがご馳走してくれるという。
私はカフェで何度か顔を合わせていたが、ゆっくり話すのは初めてだった。
オーナーさんは私を見て、
「あなたのことは、彼女から聞いてるよ。
無理して食べなくていいからね。
自分のペースで食べてね」
そう言って、笑顔を見せてくれた。
看護師さんの友達は、みんな優しい人ばかりだ。
テーブルに、大きなピザが運ばれてきた。
焼きたての香りが広がる。
オーナーさんは、しばらくピザを見つめていた。
そして、口を開いた。
「あのね……。
今まで黙ってたんだけど。
私、娘さんに謝りたいこともあるの」
「謝りたいこと?」
看護師さんが顔を上げた。
「娘に?
どういうこと?」
オーナーさんは、すぐには答えなかった。
看護師さんが私たちの方を見た。
「二人にも聞いてもらっていい?
私にとって、大切な友達なの」
オーナーさんは、静かにうなずいた。
「うん……。
じゃあ、聞いてもらおうかな」




