第238話 子供のように
看護師さんが、壁にもたれて座った。
両足をまっすぐ伸ばし、膝をポンポンと叩く。
すると、カールがゆっくり近づいてきて、その膝に顔を預け、目を閉じた。
看護師さんは、横たわったカールの身体を、マッサージするように優しくさすっている。
カールにとって、至福の時間だ。
私は、今まで何度もこの光景を見てきた。
看護師さんはカールを撫でながら、ぽつりと言った。
「私ね、クリスチャンになって、本当によかった。
よかったというか……。
嬉しいの」
彼女も看護師さんのすぐ横に座った。
左腕にももを抱え、右手でカールのお尻を撫でている。
看護師さんは、まだ何か話したそうだった。
私は黙っていた。
「この前、娘に私がクリスチャンになったって話した時のことなんだけどね。
その時、一瞬だけ、娘が子どもの頃の顔になったの。
本当に、一瞬だったんだけど……。
その後、神は愛だって話したら、娘は『愛』という言葉に、すごく驚いたようだった」
看護師さんの手が止まった。
「あなたたちには、まだ話していなかったんだけどね。
あの時、私、ひどくショックを受けたの。
娘の痛みが、槍のように胸の奥に突き刺さった気がして……。
今も、そこが疼いているような感じなの」
彼女が、何度もうなずいていた。
「うん……。
うん」
看護師さんは、カールのひげにそっと触れた。
「娘にとって、神様は愛とは正反対の存在だったのかもしれない。
自分はばちが当たったんだって、そう思っていたと聞いた時、言葉が出なかったの。
あの子は、どれほど苦しかったんだろう。
私には、想像することしかできないけど……。
そう思うと、かわいそうで、たまらなくなったの」
しばらく、誰も何も言わなかった。
カールは、看護師さんの膝に顔を預けたままだった。
やがて、看護師さんが私の方を向いた。
「そういえば、昨日、頭の中で娘に手紙を書いたって言ってたでしょう」
「はい」
「もし、本当に手紙にすることがあったら、私にも読ませてくれる?
もちろん、無理にとは言わないけど。
読んでみたいの」
「はい。
ちゃんと書けたら、読んでください」
看護師さんはうなずいた。
「私も、いろいろ考えているの。
娘に伝えたいことがあるから。
神様は愛なんだってこと。
あなたが苦しんできたのは、神様がばちを当てたからじゃないんだってこと。
それを、いつか話してあげたいの。
どう思うかは分からないけどね。
今は、無理に聞かせるつもりはないの」
そして、少し間を置いて続けた。
「娘が、あの時、子どもの頃の顔になったことが、どうしても忘れられないの。
聖書に、こう書いてあるでしょう。
『向きを変えて子どもたちのようにならなければ、決して天の御国に入れません』
あの言葉を思い出したの」
看護師さんは、窓の方へ目を向けた。
「もちろん、子どものような顔になったからって、そういう意味じゃないことは分かっているの。
でもね。
『向きを変えて』という言葉が、心に残っているの。
娘が、神様は自分を罰する方なんだと思い込んでいるのなら……。
いつか、そうじゃないんだって知ってほしい。
神様は愛なんだって。
そう思ったの」
彼女を見ると、目に涙が浮かんでいた。
娘さんの痛みを、彼女は私よりずっと身近に感じているのかもしれない。
彼女は涙を拭い、私の方を向いた。
「頭の中の手紙、ちゃんと書けたら、私にも読ませてよ」
「うん」
その頃には、もももカールも眠っていた。
撫でられているうちに、安心したのだろうか。
私は、看護師さんの言葉を思い返していた。
『向きを変えて子どもたちのようになる』
忘れられない聖句になりそうだ。
頭の中の手紙にも、書き加えておこう。
ただ、娘さんに何と伝えればいいのかは、まだ分からなかった。




