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第235話 月の光に誘われて

お風呂屋さんに行って、ビールを飲んだ。


今は三人とも布団に入り、横になっていた。


カーテンの隙間から、満月が見えている。


やさしい月の光だった。


時間が、ゆっくり流れているように感じた。


私は月を眺めながら、ひとつ、やってみたいことを考えていた。


娘さんに、手紙を書いてみたい。


もちろん、書いたからといって、渡すかどうかは別の話だ。


勝手なことをするつもりはない。


渡す時が来るのかどうかも、分からない。


その時が来たら、その時に考えればいい。


ただ、今の自分の思いを、文字にしておきたかった。


布団に入っても、私はまだ眠れなかった。


二人はビールのせいもあるのか、もう眠そうにしていた。


私は頭の中に、真っ白な便箋を思い浮かべた。


そこに、娘さんへの手紙を書いてみようと思った。


五分もしないうちに、二人の小さな寝息が聞こえてきた。


二人とも、疲れていたのだろう。


私は目を閉じた。


そして、声に出さずに祈った。


「神様、手伝ってください。


よろしくお願いします」


頭の中で、右手にボールペンを持った。


不思議と、迷わず書き始めていた。


『はじめまして。


私は、あなたのお母様に命を助けられた者です。


今、お母様が働いている病院の一室に、泊めていただいています。


お母様に助けてもらわなければ、今頃どうなっていたか分かりません。


この部屋には、私と同じように、お母様に助けてもらった人がもう一人います。


今夜も、三人で一緒に過ごしています。


何を書けばいいのか、まだよく分かりません。


ただ、私たちは二人とも、少しでもお母様の力になりたいと思っています』


そこで、ペンが止まった。


書きたいことは、もっとたくさんあると思っていた。


でも、娘さんのために何かをしたいとは、書けなかった。


まだ、一度も会ったことがない。


娘さんが、私のことをどう思うかも分からない。


今は、この思いを胸の中にしまっておこう。


いつか、ちょうどいい時が来るかもしれない。


来ないかもしれない。


それは、今決めることではない。


やはり、文字にしてみると、自分の思いが少し見えてくる。


私は頭の中で、ゆっくりペンを置いた。


そして、まだ何も書かれていない便箋を何枚か残したまま、心の中の手紙を閉じた。


*


翌朝。


布団を畳んでいる時だった。


看護師さんのスマホが鳴った。


「もしもし……。


おはようございます」


看護師さんは、スマホを持つ手に、もう片方の手を添えた。


表情が引き締まった。


彼女も振り向いて、看護師さんを見た。


元刑事さんからだろうか。


私は、そう直感した。


「えっ!


はい……。


はい……。


いえ、私の方からお伺いします。


はい……。


分かりました。


ご都合をお聞かせください。


私は何時でも結構です。


では、二時にご自宅へ伺います。


本当に、親身になってくださってありがとうございます。


それでは、後ほど。


はい」


電話が切れた。


看護師さんは、しばらくスマホの画面を見つめていた。


私たちは、何か言ってくれるのを待っていた。


「娘の旦那さん、勾留が延びたみたい……」


看護師さんが口を開いた。


「詳しいことは、ご自宅で話してくださるそうなの。


それから、これからのことも一緒に考えましょうって言ってくださったの」


私は、思わず口を挟んでいた。


「私も聞きます。


一緒に行きます。


いいですよね」


言ってから、少し早まったかもしれないと思った。


でも、もう口に出してしまっていた。


勾留が延びた……。


それは、娘さんにとって、どういうことなのだろう。


よかったと思っていいのだろうか。


それとも……。


私は、まだその意味をうまく受け止められずにいた。

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