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第232話 満月の下で

食事を終え、私たち三人はお風呂屋さんに向かった。


その間、ももとカールは中庭で自由時間だ。


歩きながら、彼女が看護師さんに尋ねた。


「娘さん、まだあまり食べられないんですか?」


「うん。


まだ、ほとんど食べられないみたい」


「そうなんですか……」


私は、自分も摂食障害で苦しんできたこともあって、つい口を挟んでしまった。


「私の場合なんですけど、


無理して何かをしようと頑張ると、かえって嫌になってしまうことがあるんです。


だから、周りの人が焦らないことも大切なんじゃないかと思うんです」


看護師さんは頷いた。


「そうだね。


本当にそうだと思う。


ありがとね」


彼女が言った。


「人間の心って、不思議だね。


やりたいことができなかったり、


したくないことをしてしまったり……」


私にも、思い当たることがあった。


でも、娘さんの状態を詳しく知っているわけではない。


同じ摂食障害といっても、私とは事情が違う。


あまり分かったようなことを言わない方がいい。


そう思った。


それなのに、また口を開いていた。


「あの……。


『しっかり食べて、早く元気になろう』って、あまり言わない方がいいような気がするんです」


言ってしまってから、後悔した。


私は、娘さんに会ったこともない。


何を言われたらつらいのか、本人に聞いたわけでもない。


それなのに、分かったようなことを言ってしまった。


看護師さんは、私の顔を見た。


「嬉しいよ。


心配してくれて、ありがとう」


そう言って、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。


そして、


「さあ、風呂上がりのビールが楽しみだ」


と、いつもの明るい声に戻った。


*


お風呂屋さんを出ると、空にはきれいな満月が浮かんでいた。


私は、また口を開いた。


「娘さん、自分にばちが当たったと思っていたんですよね」


看護師さんは、黙って私を見た。


「あんなにつらい思いをしてきたのに、


そのうえ、自分が悪いんだと思っていたなんて……。


私、なんだか悔しかったです」


すぐ隣で、彼女も言った。


「私も。


悔しいというか、胸が苦しくなりました」


看護師さんは、


「うん、うん」


と頷いた。


街灯の下で、その目が少し赤くなっているのが分かった。


彼女が、急に明るい声を出した。


「今日は私がビールをおごります!」


「えっ、どうしたの?」


看護師さんが聞いた。


「今日から、無職じゃなくなったんですから!」


そう言って、彼女は自動販売機に向かった。


ロング缶を二本。


それから、私には小さな缶ビールを一本。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


看護師さんが缶を受け取りながら言った。


「ももとカールが待ってるから、帰ろうか。


歩きながら飲もう」


その顔は、さっきよりも明るく見えた。


私は、また喋り始めた。


「いつか、娘さんと四人でご飯を食べられたらいいですね」


看護師さんが私を見た。


「私、娘さんといろいろお話ししてみたいんです。


もちろん、娘さんがよければですけど」


看護師さんは、何も言わずに頷いた。


彼女が私の顔を見て言った。


「あなた、よく喋るようになったね」


そう言って、ビールを一口飲んだ。


「ふぅー」


私は、ちょっと恥ずかしくなった。


確かに、今日はよく喋る。


自分でも不思議なくらいだ。


前の私だったら、こんなに自分の気持ちを口にしただろうか。


娘さんが心配だった。


あんなにつらい思いをしていることが、悔しかった。


でも、それだけではない。


何か、私にもできることがあるんじゃないか。


そんな気がしていた。


何ができるのかと聞かれたら、まだ分からない。


娘さんに会ったことさえないのだから。


それでも、


何かできるような気がしていた。


うまく言えない。


私は、もう一度空を見上げた。


満月を見るのは、いつ以来だろう。


こんなに美しかったんだ。


今夜は、


私もロング缶が飲めそうだった。

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