23 病院
ちょっと、ぎこちない笑顔になって私を見る。
「そのノート書いた方なんですけれど...
昨夜お亡くなりになられました。」
「えっ....」
言葉が出てこない。
「心臓が、かなり悪かったようです。
私の勤務する病院に運ばれてこられた時は、かなり苦しんでおられる様子でした。
ご高齢で病状からの医師の判断では手術は危険すぎるとのことでした。
お薬と点滴で少し楽になられたようです。
私がその方の担当になってお世話させて頂いていました。
お亡くなりになる直前まで、頭もはっきりしておられるようでした。
病院に運ばれたその日の夜に
ノートとボールペンを頂けませんかと言われ、そのノートを差し上げたのです。
耳がご不自由のようでしたが、ご自分の声でゆっくり話して下さったのでちゃんと聞き取ることができました。
覚悟をされていたようで遺書を書かれるんだと思っていました。
翌朝、様子を見に病室に顔を出すと、その方は胸の上にそのノートを裏向きにして抱えるようにしておられたのです。
顔色はかなり悪く、すでに呼吸も浅くなっていました。
すぐに医師が処置にあたりましたが、今日、明日が山だろうということでした。
救急隊員の話では、海岸と反対側の駅の入口近くの道路脇でうずくまっておられるところを通りがかりの女性が119番してくれたそうです。
身元が分かるものは何も持っておられず、病院から警察に連絡はしてありますが、今のところその方の身元は何も分かっていません。
抱えるようにしておられたそのノートと胸の間に一枚の歌詞カードがありました。
唱歌の故郷の歌詞が書いてある厚紙でした。
見るとカードの裏側いっぱいに小さな文字でこう書かれていたのです。
(お世話になりました。
看護師様
お願いが御座います。
このノートを渡して欲しい人がいます。
おそらく夕方頃になると、駅の向こうの海岸に若い女性が来られていると思います。
お名前は存じ上げておりません。
目が綺麗で、髪の長いとても美しい方です。
水筒にハーブティーを、持ち歩いておられるようでした。
年齢は20歳を過ぎたくらいの方です。
お手数をおかけしますが、その方にこのノートをお渡していただけないでしょうか?
どうかよろしくお願い致します。
看護師さんはそのカードを私に見せてくれる。
歌詞カードの表を見ると、
日本の田舎の風景の絵と故郷の歌詞が書いてあった。
右下に
(八重子、安らかに)
と書いてある。
原爆で亡くなった妹さんだ、確か八重子さんと言っていた。
身元が分かるものはなにも持っていなかったのに、このカードだけは大切に持っていたのだろう。
老人にとってとても大切なものだったに違いない。
少しの覚悟はあったが、あの老人が亡くなったことがまだ信じられない。
私はこの現実がまだ受け入れられない。
あの老人と交わした会話はほんの僅かだったが、
しかし、あの安らぎ、あの笑顔そして心を溶かしてくれるようなハーモニカの音色...
忘れられない...
この病の中で見つけたたったひとつの私のオアシスのような存在だった。
看護師さんは
「あなたの連絡先を教えて下さい。
警察の方から身元が分かりそうな情報があればなんでも知らせて下さいと言われています」
と言われたので、住所と固定電話の番号をメモに書いて渡した。
私もあの方の名前も住所も何も知らないことを伝えておいた。
老人も私もお互いに名前も知らないことに対して、看護師さんはどう思っていたのかわからないが、なにも聞かないで優しい目をして微笑んでくれていた。
看護師さんはもし、病院でのことや何か知りたいことがあったらいつでも連絡して下さいねと言って病院名が書いてある名刺を渡してくれた。
そして、私に優しい声で、
「ただこういう場合、通常のお葬式みたいにはできないことがあるようです。
今、ご遺体は、病院から別の場所に移されて、そこで身元確認を待つようです。
今はそれだけのことしかわかりませんが...」
私は無表情のまま、涙だけが流れ続けどうしようもない孤独感に襲われていた。
受け取ったノートを開こうとすると、最後あたりのページが目に飛び込んできた。
最後の力を振り絞って書いてくれたような文字になっていた...
私はたまらなくなり、砂浜にしゃがみ込んで動けなくなる。
看護師さんは私の横に一緒に座って背中を何度も何度もやさしく撫でてくれていた...
彼女の優しさと手の暖かさが伝わってきて、声をあげて泣き崩れてしまった...
海岸には琥珀色の光が降り注ぎ、潮の香りではなく、またあの山の清流の真水の香りが漂っていた...




