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第227話 私の本当の気持ち

看護師さんと二人だけの食事。


お店に入ると、ほぼ満席だった。


ちょうど席が空いて、待たずに座ることができた。


久しぶりのうなぎ。


山椒の香りが漂っていた。


看護師さんは、持ち帰りを一つお願いした。


彼女の分だ。


誰かと一緒に食事をするというのは、不思議なものだ。


それだけで、相手との距離がぐっと近くなるような気がする。


運ばれてきたのは、うなぎ丼だった。


鰻重ではない。


これがいい。


「食べよう」


看護師さんの言葉を合図に、二人で箸をつけた。


食前のお祈りを忘れていた。


まだ、習慣にはなっていない。


ひと口食べる。


耳の下から顎にかけて、


キューッと痛くなった。


ああ、


この感じ。


久しぶりだった。


子どもの頃以来かもしれない。


本当においしいものを食べた時に感じていた、あの感覚だ。


「どうしたの?」


看護師さんが聞いてきた。


「おいしくて、顎のあたりがキューッとしました」


思ったことを、そのまま話した。


「そう。よかったね」


看護師さんは、また箸を動かし始めた。


私も食べた。


誰かが食べている姿を見ること。


そして、自分が食べている姿を見られること。


そのどちらも、心地よかった。


こんなこと、


今まで思ったことがあっただろうか。


*


看護師さんは食事の間、


娘さんの話をしなかった。


私も聞かなかった。


ただ、


一緒に食べた。


それだけだった。


食事が終わると、店員さんが冷めたお茶の湯呑みを下げ、新しいお茶を持ってきてくれた。


絶妙のタイミングだった。


熱すぎない温度。


口の中に広がる、独特の渋み。


「ふぅー」


看護師さんが満足そうに息をついた。


その顔を見て、私も、


「ふぅー」


二人で顔を見合わせた。


「じゃあ、今度は時間を気にしないで、娘と話してくるね。


ゆっくりしててね」


「はい」


私は微笑んで返した。


看護師さんは娘さんの病室へ。


私は、またロビーのソファーへ戻った。


*


一人で座っていると、


ふと、


「三顧の礼」


という言葉が浮かんできた。


どうしてだろう。


正確な意味は、もうよく覚えていない。


でも、


何度も足を運ぶというところが、


看護師さんの姿と重なったのかもしれない。


会うたびに、


娘さんとのわだかまりが、


少しずつ溶けていけばいいのに。


そんなことを思った。


さっき、


看護師さんと二人で食事をしてから、


私は看護師さんを、今までより身近に感じていた。


そうだ。


娘さんと一緒に、ゼリーでも食べてみたらどうだろう。


そんなことが頭に浮かんだ。


それくらいなら、


娘さんも食べられるかもしれない。


一緒に食べる。


それだけで、


何かが変わることもあるのではないだろうか。


でも、


娘さんがどう思うかは分からない。


食べること自体が、まだつらいかもしれない。


看護師さんに話すとしても、


娘さんの気持ちを大切にしてもらいたい。


それでも、


いつか二人が並んで、


何かをおいしそうに食べられる日が来たらいいな。


そう思った。


*


私はノートを開いた。


ペンを取る。


本当の私を、


また書いてみよう。


この広いロビーは、


何かを考えるのに、いい場所だ。


天井が高い。


静かすぎない。


うるさすぎもしない。


ちょうどいい。


私は、


自分の本音を書いておこうと思った。


私の人生で、


一番いい決断は、


神様を信じたことだ。


これは、


私の心の底からの、


本当の気持ちだ。


ああ、


すっきりした。


書きたいことを、


思ったまま書く。


誰にも遠慮しないで書く。


こんなに気持ちのいいことだったんだ。


私は、


書いたばかりの文字を、


もう一度眺めた。


消そうとは思わなかった。

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