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第226話 どこから来て、どこへ行くのか

私はこのノートに、


自分のありのままの姿を書いてみたい。


あとで読み返すためでもある。


でも、それ以上に、


書いているうちに、

自分の中にある思いが、

文字と一緒に浮かび上がってくるような気がしていた。


自分の願いや、


心の奥に隠れていた本音のようなものが、


少しずつ見えてくる。


そうか。


私は、本当の自分を知りたかったんだ。


そのことに気がついた。


自分がどこから来て、


どこへ行くのか……。


そんな問いの答えを、


ずっと探していたのかもしれない。


私は学生の頃から、


自分の居場所について、


うまく説明できない違和感のようなものを抱えていた。


ここは、


自分のいる場所ではない……。


そんな感じがしていた。


会社に入ってからも、


その感覚は消えなかった。


でも、


どこかへ行きたいと思っていたわけでもない。


どこへ行けばいいのか、


分からなかった。


今は、


少しだけ分かってきたような気がする。


居場所の問題ではなかったのかもしれない。


どこにいて、


何をしているかという話でもない。


私には、


自分が何を信じて生きているのか、


分からなかった。


そのことが、


心の奥で、ずっと引っかかっていたのかもしれない。


そういえば、


クリスチャンの作曲家が作った童謡に、


『犬のおまわりさん』


という歌がある。


懐かしい。


子どもの頃、


よく歌っていた。


「迷子の迷子の子猫ちゃん」


お家も、


自分の名前も分からず、


困って泣いている子猫。


子どもの頃は、


何も考えずに歌っていた。


でも、


大人になった今、


あの歌が心に沁みてくる。


人は、


どこから来て、


どこへ行こうとしているのだろう。


それが分からなくなっている人間の姿と、


どこか似ているような気がした。


自分の名前さえ分からなくなっている子猫。


あれは、


私のことだったのかもしれない。


帰る家が分からなくなってしまった私。


どうしていいのか分からず、


ただ泣いている。


迷子の子猫は、


私だったのかもしれない。


今は、


そんなふうに思う。


自分は何者で、


どこから来て、


どこへ行くのか。


学校でも会社でも、


そんなことを教わった記憶はない。


きっと、


教わるだけでは分からないこともあるのだろう。


人はいろいろな出来事を通して、


今まで見えなかったものが、


少しずつ見えてくるのかもしれない。


私は目を閉じた。


病院のロビーは、


人の話し声であふれていた。


誰かの足音も聞こえる。


それなのに、


私の心は静かだった。


不思議なくらい、


穏やかだった。


*


ふいに、


右肩に温かいものを感じた。


目を開けると、


看護師さんの手が、


私の肩に置かれていた。


「ごめんね。時間かかって」


「いえ、私は勝手についてきてるだけですから」


看護師さんは、


私の隣に腰を下ろした。


「いろいろ、娘の話を聞いていたの。


どんな話をしたかは、帰ってから話すね。


彼女も一緒の時に。


でも、少しだけ話すとね……」


看護師さんは、


私の顔を見た。


「娘は、これから良くなっていくんじゃないかなって思えたの。


今はまだ、そういう状態じゃないけど。


でも、そんな気持ちにさせてくれたの。


言いにくいことも、


正直に話してくれた。


私、嬉しかった」


「そうだったんですね」


「うん。


でもね、


娘も私も、旦那さんのことは何も話さなかったの。


今は、それでいいと思ってる」


私は頷いた。


「それでね、


娘はまだ話したそうだったの。


でも、疲れているみたいだったから、


少し休んで、お昼寝してから、


また話すことになったの。


だから、もう少し時間がかかりそう。


ごめんね」


「気にしないでください。


私も、ゆっくりいろんなことを考える時間ができていますから」


「そう。


それならよかった」


看護師さんの声が明るかった。


それが、


なんだか嬉しかった。


「ご飯、まだでしょ。


何か食べに行こうか」


病院の中のレストランは満席だった。


ロビーから見える病院の向かい側に、


鰻屋さんがあった。


「うなぎ、食べられる?」


少し不安だった。


でも、


食べてみたいとも思った。


「はい」


私は返事をした。


「残ったら、私が食べてあげるから。


食べられるところまででいいよ。


行ってみようか」


私は大きく頷いた。


今日は、


いつもより食べられるような気がした。


窓の向こうには、


澄みきった青空が広がっていた。


その青空まで、


私を応援してくれているように見えた。

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