第222話 聞こえない耳が聞いた声
老人についても、
もう少し書いておきたい。
私も、
彼女も、
看護師さんも、
それぞれ苦しいところを通ってきた。
心を痛め、
生きることさえ苦しくなった時があった。
でも、
老人が抱えていた苦しみは、
私たちとは、
また違うものだった。
戦争だった。
個人の力では、
どうすることもできない出来事だった。
八十一年前、
広島に原爆が落とされた。
老人は、
その原爆によって、
両親と妹を失った。
妹の八重子さんは、
大やけどを負い、
一か月ほど苦しんだあと、
亡くなったという。
老人は、
広島に原爆を落としたアメリカを、
憎み続けた。
その怒りを抱えたまま、
長い年月を生きてきた。
アメリカを憎んだ。
そして、
アメリカの神だと思っていた、
聖書の神を憎んだ。
やがて、
その怒りは、
その神を信じる日本人のクリスチャンにも、
向けられるようになった。
老人には、
日本人でありながら、
アメリカの神を信じることが、
日本人の心を捨て、
アメリカになびいているように思えたのだ。
許せなかった。
老人は、
亡くなった八重子さんを思いながら、
日本の唱歌を、
ハーモニカで吹いていた。
老人は、
生まれつき耳が聞こえなかった。
それでも、
ハーモニカから唇に伝わる振動を、
音として感じていた。
以前、
私にこう書いてくれたことがある。
耳で聞くことはできなくても、
心で聞くことのできる世界を知ったのだと。
その老人にとって、
ハーモニカは、
とても大切なものだった。
その中でも、
『故郷』は、
特に大切な曲だった。
ところが、
ある時、
老人は知ることになる。
自分が大切に吹き続けてきたその歌が、
自分があれほど嫌っていた、
日本人のクリスチャンによって作曲されたものだった。
老人の中で、
何かが壊れた。
アメリカを憎みながら亡くなった妹のために、
自分は、
日本人のクリスチャンが作った曲を、
ずっと吹き続けていた。
その事実を、
老人は受け止めることができなかった。
怒りが爆発した。
そして、
七十年以上大切にしてきたハーモニカを、
海へ投げ捨ててしまった。
でも、
それで老人の怒りが、
なくなったわけではなかった。
むしろ、
老人は少しずつ、
自分の中にある怒りそのものと、
向き合うようになったのだと思う。
老人の考えが、
大きく揺さぶられる出来事があった。
ある時、
手足のない一人の日本人クリスチャンが、
路上で伝道していた。
その人は、
老人を見て、
涙を流したという。
生まれつき耳の聞こえない老人は、
人の口の動きを読んで、
言葉を理解することができた。
その人は、
老人を見ながら、
ゆっくりと口を動かした。
「あなたの怒りがわかる。
私も同じように、
アメリカの神を憎んだ」
老人は、
その言葉に衝撃を受けた。
自分は、
聖書の神を憎み、
怒りを抱えながら生きてきた。
目の前にいるこの人も、
大きな苦しみを背負っている。
それなのに、
その人の目には、
老人を思う涙があった。
老人は、
自分とは違う何かを、
その人の中に見たのだと思う。
怒りではなく、
人を思う心だった。
老人の中で、
何かが少しずつ、
変わり始めた。
*
ある日、
老人は、
海岸で一人、
夕陽を眺めていた。
老人はそれまで、
日本人には日本人の神がいて、
アメリカ人にはアメリカ人の神がいるように考えていた。
そして、
日本人の神こそ、
本当の神だと思っていた。
でも、
目の前の太陽を見ながら、
ふと気がついたという。
あの太陽を見て、
これは日本人の太陽だ。
これはアメリカ人の太陽だ。
そんなふうには言わない。
太陽は、
一つだ。
それなら、
神も同じではないのか。
アメリカの神。
日本の神。
そんなふうに、
国ごとに分けて考えていたこと自体が、
間違っていたのではないか。
本当の神なら、
特定の国や民族だけの神であるはずがない。
すべての人の神でなければ、
本当の神とは言えないのではないか。
老人は、
そう考えるようになった。
そして、
あの海岸で、
老人に不思議なことが起きた。
生まれつき、
耳の聞こえない老人が、
声を聞いたのだ。
『休ませてあげます』
老人自身、
耳で聞いたという表現が正しいのかどうか、
分からないと書いていた。
それでも、
はっきりと、
確かに聞こえたという。
『休ませてあげます』
私が、
あの海岸で聞いたのと、
同じ言葉だった。
老人は、
亡くなる前、
私に約束してくれていた。
あの、
『休ませてあげます』
という言葉について。
そして、
自分が何を経験し、
何を考えてきたのか。
いつか、
すべて話すと。
老人は、
その約束を、
ノートの中で果たしてくれた。
そこには、
老人が最後にたどり着いた、
神様についての思いも書かれていた。
神様は、
宇宙の法則のような、
ただの無機質な存在ではない。
人格を持ち、
人を愛する神なのだと。
私は、
老人のノートを読んだからといって、
すぐにすべてを理解できたわけではなかった。
すぐに、
納得できたわけでもない。
でも、
先に神様を信じた彼女を、
そばで見ていた。
彼女が、
少しずつ変わっていく姿を見ていた。
そして、
いつの間にか、
私の心も、
少しずつほどけていった。
神様という存在が、
遠くにあるものではなくなっていった。
老人が、
長い長い時間をかけて、
怒りの中から見つけた神様。
私も今、
その同じ神様を信じている。
そして、
少しずつ、
その愛を知り始めている。
そんな気がしていた。




