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第221話 約束は守られていた

これが、


私が適応障害になり、


会社を辞めてから、


ここまで歩いてきた道なのだと思う。


あの海岸で、


老人と出会った。


その老人が、


心臓の具合を悪くして、


病院へ運ばれた。


そこで老人を担当していたのが、


看護師さんだった。


看護師さんは、


ももとカールと一緒に、


入院している子どもたちを、


慰めたり、


励ましたりしていた。


そして、


その二匹が、


彼女の命にも関わることになる。


彼女が、


屋上から飛び降りようとした時、


ももが異変に反応し、


カールが彼女の左足のくるぶしに噛みついた。


彼女は、


そこで止まった。


そして、


それから時間を重ねる中で、


彼女も、


私も、


看護師さんも、


それぞれ別の時に、


同じ神様を信じるようになった。


私は、


書いた文字を見つめた。


これを、


偶然と呼ぶのか。


神様の導きと呼ぶのか。


それを、


誰かに証明する必要はないような気がする。


実際に、


私たちの人生の中で起こったことなのだから。


そして今、


私は思っている。


人生に何かが起こるたび、


その一つ一つに、


心をかき乱され続けるような生き方から、


少しずつ離れていきたい。


心配に、


押しつぶされたくない。


たぶん、


これからも心配事はなくならない。


私だって、


また心配すると思う。


でも、


心配するたび、


全部を自分一人で抱えるのではなく、


神様に渡してみたい。


私は、


神様は愛であると信じている。


だから、


分からないことがあっても、


すぐに答えが見えなくても、


神様に委ねながら歩いていきたい。


祈ったあとも、


自分が願った通りにならないことは、


きっとある。


どうしてなのか、


分からないこともあると思う。


でも、


分からないことは、


分からないままでもいい。


その中でも、


神様を信じて歩いていく。


私は、


そういう生き方を選びたい。


今の私には、


そう思える。


*


思うままに書いている。


これでいい。


私のためのノートなのだから。


私は、


もう一度、


あの老人のことを書きたくなった。


書いているうちに、


あの人が何を思って生きていたのか、


ほんの少しでも、


近くまでたどれるような気がした。


老人と出会ったのは、


私がスマホとタブレットに、


別れを告げた、


あの海岸だった。


私にとって、


なくてはならないものだった。


それなのに私は、


自分の手で壊した。


あの時の私には、


自分の心が壊れてしまうか、


スマホとタブレットを壊すか、


まるで、


その二つしかないように思えていた。


今振り返れば、


ほかにも方法はあったのかもしれない。


でも、


あの時の私は、


そこまで追い詰められていた。


壊したあと、


大きな寂しさがあった。


不安もあった。


それなのに、


同時に、


今まで味わったことのないような、


解放された感じもあった。


あの防波堤を吹いていた風。


潮の香り。


夕陽の美しさ。


今でも、


忘れられない。


それから私は、


夕陽を見たくて、


何度もあの海岸へ行った。


まるで、


海岸そのものに、


引き寄せられるようだった。


そこで、


あの老人に出会った。


波打ち際で、


一人、


ハーモニカを吹いている老人。


老人が吹いていたのは、


日本の唱歌だった。


『ふるさと』


『春の小川』


『春が来た』


子どもの頃から、


どこかで耳にしてきた歌だった。


その音色を聴いていると、


私の中にあった不安や恐れが、


静かにほどけていくようだった。


あとになって私は、


老人のノートを通して、


それらの歌の中に、


日本人のクリスチャンが作曲したものがあることを知った。


今の私が信じている、


聖書の神様を信じていた人たち。


それまで遠く感じていたキリスト教が、


子どもの頃から知っていた歌と、


思いがけないところでつながった。


そして、


あの海岸で、


私自身にも、


信じられないようなことが起きた。


声を聞いた。


『休ませてあげます』


はっきりした声だった。


私は、


周りを見た。


誰もいなかった。


老人の声でもなかった。


もう一度、


聞こえた。


『休ませてあげます』


二回だった。


私は怖くなった。


自分の頭が、


おかしくなってしまったのではないか。


そんなことまで考えた。


老人に、


どう思われるか分からなかった。


それでも、


思い切って聞いてみた。


「『休ませてあげます』っていう言葉が、


ここで聞こえたんですけど……


何かご存じですか?」


その時、


老人は、


答えてくれなかった。


でも、


あとになって、


老人も、


同じ海岸で、


同じ言葉を聞いたことがあると教えてくれた。


『休ませてあげます』


同じ言葉だった。


そして老人は、


私の目を見て、


自分が体験したことを、


いつか全部話すと約束してくれた。


その約束を聞いてから、


それほど長い時間はたたなかった。


老人は入院し、


やがて亡くなった。


もう、


約束の続きを聞くことはできない。


私は、


そう思っていた。


でも、


違った。


老人は、


約束を守ってくれていた。


あのノートの中に、


続きを、


全部残してくれていた。


私は、


そこでペンを止めた。


膝の上には、


私のノート。


バッグの中には、


老人のノート。


二冊のノートが、


今、


私のそばにある。

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