↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
216/240

第213話 もものあくび

私は、


看護師さんが、


初めて一人で祈ったという話を聞いて、


なんだか嬉しくなっていた。


それに、


祈った時、


独り言とは違う感じがしたと言っていた。


それは、


私もこれまで、


なんとなく感じてきたことだった。


私だけが、


そう感じていたわけじゃなかったんだ。


それを知っただけで、


頭の中にあったものが、


少し整理されたような気がした。


祈れば、


その通りのことが起こる。


そんな単純なものだとは、


私も思っていない。


それでも私は、


祈りは、


ただ空中へ消えていく言葉ではないと信じていた。


神様に向かって話した言葉は、


神様に聞かれている。


私は、


そう信じている。


今は、


それで十分だった。


彼女が、


私の顔を見た。


「なんか、


嬉しそうだね」


「そう?」


「うん」


私は、


思っていることが、


すぐ顔に出るのかもしれない。


隠し事には、


向いていない。


特に、


彼女には。


人の表情を読むことと、


思ったらすぐ動くこと。


その二つでは、


どうやっても彼女にはかなわない気がする。


私は言った。


「明日から、


カフェだね」


「うん」


彼女は、


あっさり答えた。


「四時間だけだけど、


とにかく始めてみる」


看護師さんも言った。


「そうだったね。


明日からバイトなんだ」


「はい」


彼女は、


ちょっと嬉しそうだった。


*


翌朝。


看護師さんが、


冷蔵庫にあるもので、


朝ご飯を作ってくれた。


温かいご飯。


お味噌汁。


お漬物。


卵焼き。


とてもシンプルな朝ご飯だった。


でも、


おいしかった。


三人分を、


十五分ほどで作ってしまった。


やっぱり、


手際がいい。


私は、


自分の前に置かれた朝ご飯を、


ゆっくり食べた。


まだ、


食べることに波はある。


それでも今日は、


半分以上食べることができた。


しかも、


おいしいと思いながら。


それが、


嬉しかった。


食事をしながら、


看護師さんが言った。


「私、


そんなに長くは休めないから」


「はい」


「お休みをもらってる間に、


できることをやっておきたいの」


卵焼きを一口食べてから、


続けた。


「今日、


もう一度先生に相談してみようと思う」


「娘さんのことですか?」


「うん」


「昨日、


娘と話せたでしょ」


看護師さんの表情が、


少しやわらいだ。


「だから、


今日も会って大丈夫そうか、


先生に聞いてみる」


「はい」


「もし娘も会いたいって言ってくれたら、


今後のことを、


少しずつ話せたらと思ってるの」


私は、


黙って聞いていた。


「マンションのこととか、


荷物のこととか」


看護師さんは、


すぐに付け加えた。


「もちろん、


いきなり全部決めるつもりはないよ」


「うん」


「昨日の感じだと、


少しなら話せるかもしれないって思っただけ」


そして、


少し考えるように言った。


「夫のことも、


娘が自分から話したくなければ、


私から無理に聞くつもりはない」


私は、


その言葉を聞いて、


少し安心した。


「あの……」


「なに?」


私は、


思い切って言った。


「私も、


病院まで一緒に行ってもいいですか?」


看護師さんが、


私を見る。


「病室には入りません」


私は、


すぐに続けた。


「娘さんは、


看護師さんに会いたいって言ったんだから」


「うん」


「私は、


どこかで待ってます」


少し照れくさくなった。


「何もできないと思うけど……


行き帰り、


一緒にいるくらいならできるかなって」


看護師さんの目元が、


やわらかくなった。


「ありがとう」


「はい」


「それだけでも、


心強いよ」


彼女が、


箸を置いた。


「じゃあ私は、


バイトが終わったら、


ももとカールのことやってます」


「お願いしていい?」


「もちろんです」


彼女は、


指を折りながら言った。


「中庭で遊ばせて、


ご飯あげて、


ミルクもあげて……」


「うん」


「だから、


遅くなっても大丈夫ですからね」


看護師さんが、


嬉しそうに彼女を見る。


「ありがとう。


助かるよ」


そして、


少し考えてから言った。


「帰りに、


晩ご飯買ってくるね」


その時だった。


私は、


自分でも驚くくらい自然に言った。


「祈りますね」


二人が、


私を見る。


「うん」


看護師さんが、


先に目を閉じた。


彼女も、


続いて目を閉じる。


私も、


目を閉じた。


「神様」


昨日ほど、


緊張しなかった。


「私たちの今日一日を、


見守ってください」


それだけだった。


目を開けようとした時、


彼女が言った。


「あれ?」


「なに?」


「大学では、


最後に『アーメン』って言ってたけど……」


私を見る。


「言わなくていいの?」


「え?」


考えたこともなかった。


すると、


看護師さんが、


私たち二人を見た。


「じゃあ……」


少しだけ、


いたずらっぽい顔をした。


「せーの」


「……」


私と彼女は、


看護師さんを見る。


「せーの」


今度は、


三人で声を合わせた。


「アーメン」


とても小さな声だった。


なんだか、


もものあくびに、


少し似ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。