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第211話 ごめん

部屋の中で、


私と彼女は、


さっきから、


心配を神様に委ねるということについて話していた。


彼女が言った。


「ねえ」


「なに?」


「『明日のことは明日が心配します』って、


聖書にあるでしょ」


「うん」


「私ね、


まだ、


ちゃんと分かってる気がしないの」


彼女は、


テーブルの上に置いたスマホを見ながら言った。


「あなたは、


どう思ってる?」


私は、


自分の中にあるものを、


そのまま話してみることにした。


「私も、


ちゃんと分かってるかどうかは、


分からないけど……」


「うん」


「心配することと、


信仰がないことは、


同じじゃないと思うの」


彼女が、


私を見る。


「でもね……」


私は、


言葉を探した。


「心配ばかりに心を取られてる時って、


神様に委ねることを、


忘れてるような気がする」


「どういうこと?」


「えーっと……」


私は、


しばらく考えた。


「たとえばね」


「うん」


「私が、


もう歩けなくなって、


神様におんぶしてもらってるとするでしょ」


彼女が、


少し不思議そうな顔をした。


「おんぶ?」


「うん」


「それでね、


背負ってもらってるのに、


神様の足、


疲れないかなとか」


彼女が、


黙って聞いている。


「重くないかなとか、


迷惑じゃないかなとか」


私は、


自分で話しながら、


少しおかしくなってきた。


「途中で、


『ここからは自分で歩きなさい』


って下ろされるんじゃないかなとか……」


彼女が、


少し首を傾けた。


「そんなことばっかり考えてたら、


せっかく背負ってもらってるのに、


ずっと不安なままでしょ」


「ああ……」


彼女が、


ようやく少しうなずいた。


「だから私は……」


もう一度、


言葉を探した。


「心配しない人になるんじゃなくて、


心配になった時に、


『今、


神様に背負ってもらってるんだ』


って思い出せたらいいのかなって」


彼女は、


しばらく考えていた。


「なんとなく分かるような……


まだ分からないような……」


「ごめん」


「なんで謝るのよ」


「やっぱり、


説明するの下手だなって」


彼女が、


小さく息を漏らした。


「でも、


さっきよりは分かったよ」


私は、


本当に伝わったのか、


自分でもよく分からなかった。


ひょっとしたら、


私自身、


まだ分かりかけている途中なのかもしれない。


*


午後十一時少し前。


カールが、


突然立ち上がった。


尻尾を振りながら、


前足でドアを掻き始める。


「帰ってきた?」


彼女が言った。


カールの喉から、


小さな声が漏れている。


やがて、


廊下から足音が近づいてきた。


ドアが開いた。


看護師さんだった。


カールは、


勢いよく立ち上がり、


二本足になって、


看護師さんのお腹に前足をかけた。


「ただいま」


看護師さんが、


カールの頭を撫でる。


彼女が言った。


「お疲れさまでした」


「ありがとう」


看護師さんは、


部屋の中を見回した。


「お留守番も、


ありがとうね」


笑顔だった。


私は、


元刑事さんの「大切な話」が気になっていた。


彼女も、


たぶん同じだったと思う。


でも、


どちらも何も聞かなかった。


看護師さんは、


バッグを置くと、


私たちの方を見た。


「娘と、


ゆっくり話せたよ」


「そうですか」


彼女の声が、


少し明るくなった。


「よかったです」


看護師さんが、


うなずいた。


「二人が、


今日は聞くだけでもいいって言ってくれたでしょ」


「はい」


「あれ、


よかったよ」


看護師さんは、


静かに椅子へ座った。


「私ね、


何か聞かなきゃ、


何か話さなきゃって思ってたんだけど……」


ももが、


看護師さんの足元へ近づいてきた。


「娘、


あまり自分から話さなかったの」


「うん」


「だから、


天気の話とか」


看護師さんが、


ももを見る。


「ももとカールの話とか」


彼女が、


ももの背中を撫でた。


「そんな話をしてた」


私は、


黙って聞いていた。


「夫のことは、


娘の方から話したくなさそうだったから、


私からは何も聞かなかった」


看護師さんは、


両手を膝の上で重ねた。


「でもね……」


声が、


少し変わった。


「娘が、


父親のことを話したの」


私たちは、


看護師さんを見る。


「夫が亡くなった時に……」


看護師さんは、


一度視線を落とした。


「私に、


『お母さんのせいだ』って言ったこと」


部屋が、


静かになった。


「ずっと、


気になってたみたい」


看護師さんは、


ゆっくり顔を上げた。


「本当に小さな声だったけど……」


そして、


自分でも確かめるように言った。


「『ごめん』って」


彼女が、


何も言わず、


看護師さんを見ていた。


私も、


言葉が出なかった。


看護師さんは、


少しだけ笑った。


「もちろん、


それで全部が元通りになったわけじゃないよ」


「うん」


「まだ、


話せてないことも、


いっぱいある」


それでも、


看護師さんの声は、


さっきよりやわらかかった。


「でもね」


私たちを見る。


「一歩、


前に進めた気がする」


私は、


胸の奥が温かくなるのを感じた。


「本当にありがとう」


看護師さんが言った。


「二人には、


感謝してるよ」


彼女が、


首を横に振った。


「私たち、


何もしてないですよ」


「してくれたよ」


看護師さんは、


そう言ってから、


少し表情を変えた。


「それから……」


私と彼女は、


顔を上げた。


「元刑事さんとの話なんだけど……」


私たちは、


何も言わず、


看護師さんを見た。

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