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第209話 心配の置き場所

「なんか、


看護師さん、


元気なかったみたいだね」


私が言うと、


彼女も、


スマホを見ながらうなずいた。


「うん」


少し考えるようにして、


続けた。


「よく分からないけど……


確かに、


さっきとは声が違った」


「うん」


「ちょっと、


心配だね」


「そうだね……」


私も、


同じだった。


何があったんだろう。


娘さんは、


何を話したんだろう。


考え始めたら、


いくらでも考えられる。


でも、


その時、


ふと言葉が出た。


「私……」


彼女が、


私を見る。


「こういう時って、


心配を神様に渡す練習をする時なのかもしれない」


言ってから、


自分でも少し驚いた。


以前なら、


頭の中で何度も考えてからでなければ、


こんな言葉は出てこなかった。


最近、


思っていることが、


前より自然に口から出るようになっている。


彼女が言った。


「本当に、


よく話すようになったね」


「そう?」


「うん」


私の顔を見ながら、


続けた。


「前より、


自分の思ってることを、


ちゃんと言うようになった」


私は、


なんとなく照れた。


彼女が、


さっきの言葉を繰り返した。


「心配を、


神様に渡す練習か……」


「うん」


私は、


少し考えた。


「こういうのって、


本当に心配なことが起きた時じゃないと、


練習できない気がする」


「なるほどね」


「一緒にやってみる?」


「やるって……


何するの?」


私は、


自分でもよく分からないまま答えた。


「神様に、


言ってみる」


「何を?」


「心配してることを、


お任せしますって」


彼女が、


ちょっと首を傾けた。


「それだけ?」


「それだけ」


「ふーん」


「でも、


独り言じゃなくて、


神様に向かって言うの」


彼女は、


しばらく私を見ていた。


「神様に向かって……か」


そして、


うなずいた。


「分かった。


やってみる」


「じゃあ、


一緒に言ってみよう」


「一緒に?」


「うん」


私は、


彼女の方を向いた。


「せーの、で」


彼女が、


思わず吹き出した。


「ちょっと待って」


「なに?」


「せーの、で始まる祈りなんて、


大学でも聞いたことないよ」


「いいから」


「幼稚園の先生と、


子どもみたいなんだけど」


「やってみよう」


「はいはい」


私は、


息を吸った。


「いくよ」


「うん」


「せーの」


二人で、


声を合わせた。


「神様、


この心配を、


お任せします」


言い終わると、


二人とも黙った。


なんだか、


ちょっと恥ずかしい。


でも、


さっきまでとは、


少し違っていた。


彼女が、


ぽつりと言った。


「こんな祈り、


したことない」


「私も」


「これを祈りって呼んでいいのか、


よく分からないけど……」


彼女は、


テーブルの上のスマホを見た。


「さっきより、


看護師さんと娘さんのことを、


ずっと頭の中で考えなくなった気がする」


「うん」


私も、


同じように感じていた。


「お祈りって、


上手に言わなくてもいいのかもしれないね」


彼女が、


私を見る。


「昨日の、


『よろしくお願いします』


みたいに?」


「うん」


二人で、


ちょっとだけ笑った。


*


テーブルの上を見ると、


ミックスジュースの氷が、


すっかり小さくなっていた。


上の方は、


少し色が薄くなっている。


サンドイッチも、


まだそのままだった。


先に食べていてもよかった。


でも、


二人とも、


看護師さんはもうすぐ帰ってくると思っていた。


なんとなく、


三人で食べたかった。


その時だった。


彼女のスマホが鳴った。


彼女が、


すぐに画面を見る。


「看護師さん?」


私が聞いた。


彼女は、


首を振った。


「違う」


画面を見たまま言った。


「元刑事さん」


電話に出る。


「もしもし」


私は、


黙って彼女の顔を見ていた。


しばらくして、


彼女の表情が、


少し引き締まった。


「はい。


今、


娘さんに会いに行かれています」


電話の向こうの声は、


私には聞こえない。


彼女が、


何度かうなずく。


「はい」


「分かりました」


「先ほど、


少し遅くなるっていう連絡がありましたので、


何時になるかは分からないんですけど……」


また、


相手の話を聞く。


「はい」


彼女の顔から、


さっきまでの柔らかさが消えた。


「必ず伝えます」


そして、


少し声をやわらげた。


「あの……


いつも本当に、


ありがとうございます」


電話が切れた。


私は、


彼女を見る。


「なんて?」


彼女は、


スマホを握ったまま、


私を見返した。


「看護師さんに、


電話してほしいって」


「元刑事さんに?」


「うん」


彼女は、


少しだけ眉を寄せた。


「何時でもいいからって」


「……そう」


「大切な話があるって」


私は、


何も言えなかった。


彼女も、


しばらく黙っていた。


そして、


ふっと息を吐いた。


「また……」


私を見る。


「心配を、


神様に渡す練習の時が来たみたい」


私は、


彼女の顔を見た。


今度は、


すぐには何も言わなかった。

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