21 おにぎり
朝、目が覚めると8:20だった。
びっくりだ!
薬のせいだとは思うが、9時間以上連続で眠ったことになる。
2日続けての連続睡眠で、今までの睡眠不足を取り返せたような気分だ。
前回薬を飲んだ次の朝は頭が痛かったが、今日はそれもない。
でも、このまますんなり適応障害から回復できるほど優しい問題じゃない。
そんなに簡単にいくはずはない。
担当の先生からも少し時間はかかると言われている。
調子のいい時と悪い時を繰り返し、少しずつ回復していくらしい。
でも、今日は少し普通の食事が取れそうだ。
お粥ではなく普通のおにぎりを買って食べてみたい。
ひとつ全部はむりでも、半分食べられたら完食ということにしよう。
出来そうな気がしている。
お昼過ぎに一番美味しそうなおにぎりをスーパーまで買いにいこう。
無理して買いすぎると心に負担をかけることになる。
おにぎり一個それだけでいい。
朝は何も食べないでスタンバイだ。
小さな一歩だが、私には意味がある。
ここ3か月は、プリンやゼリー、ビスケット、クラッカー、それにバナナとお粥くらいしか食べていない。あとは市販のビタミン剤だけ。
少し前、これじゃダメだと頑張っておにぎりを食べた時、全部もどしてしまった。
あの苦しさは絶対いやだ。
でも今日はやれそうだ。
おにぎり半分はいけそうだ。
無理な頑張りではなく本当に出来そうな気になっている。
昼まで時間があるので、バッグの中のハーモニカを取り出してウェットティッシュで丁寧に拭いてもう一度、故郷に挑戦してみた。
新しいハーモニカの金属とプラスチックが混ざったような匂いを感じた時、小学校の音楽室の風景が蘇ってきた。
穴の並んだクリーム色の壁や、長椅子、白い靴下に白い上履き...
このメンタルの病のおかげで、過去を振り返る時間が味わえている。
人生に、句読点は必要だと思えた。
吹いているうちに、故郷の初めの部分が曲らしくなってきた。
あの老人のようにはいかないが、ちょっと嬉しい。
寄り道も衝動買いもたまにはやったほうがいい。
本当に今日は驚くほど気分がいい。
でも、絶対油断しない。
気持ちは落ち着いているので、今なら母に電話しても泣き出したりしないと自信があったので、電話してみた。
「もしもし、お母さん...この間はごめんね。
何も話せなくて...」
「うん...うん... いいよ...いいよ...........うっ....」
今度は母が泣き出してしまった。
悲しみの涙ではない。
安堵の涙だと思えた。
私は自分のことでいっぱいだった。
私はどれだけ両親に心配かけてしまっているのだろう。
父は冷静で落ち着いた性格だ。
母は今は娘にあれこれ聞いてはいけないと父に言われているのかもしれないと感じる。
母の押し黙ったような言葉にそれがみて取れる。
娘だからやっぱり分かってしまう。
私の想像をはるかに超えた痛みの時間の中を母は耐えてくれていたんだ。
「大丈だから...ちゃんとご飯も食べているから...また電話するから」
「うん...。うん...。うん.........。」
母の顔が見えるようだった。
「お母さんも体大事にね...」
と言って受話器をゆっくり置いた。
それ以上何も言えなかった。
今回も母は何も質問しなかった。
父に従ったのだろう。
そう思えた。
聞きたいことはいっぱいあったはずなのに...
しかし、母のためにも早く治さなければと焦ってしまうと必ずつまづく事になる。
それは分かっている。
後戻りしてしまう。
焦ることと、無理することは絶対しない。
あの医師の言葉を心の中でもう一度繰り返す。
心に負担をかけない。
心に負担をかけない。
頑張ることが賞賛されるのはノーマルな時だ。
頑張りが翻って牙をむいて襲いかかってくる季節もある。
私は今それを学んでいるんだと思う。
時間だ。
計画通りおにぎりひとつ買いにスーパーに向かった。




