第205話 小さなスタート
彼女が看護師さんを見た。
「どう思います?」
看護師さんは、すぐには答えなかった。
「ちょっと待ってね。今、考えてる……。
あまりにも突然のアイデアだから……」
彼女が続けた。
「こういうことって、やっぱり病院の許可が必要なんですよね?」
「そうね。どういう目的で、何をしたいのかを明確にして……えーっと……」
看護師さんは少し戸惑っているようだった。
彼女が言った。
「でも、私はいいアイデアだと思います。
一階のカフェのオーナーに話してみたいって、すぐに思いました。
あそこでコーヒーを飲みながら、楽しく聖書のことを学べたらいいですよね。
私は大賛成です。
メンタルの会だって、入院患者さんだけじゃないですよね。
ご近所の方も来られていますよね。
それと同じような感じで、いつかできるんじゃないでしょうか。
私、手伝ってみたいです」
看護師さんは、少し考えてから言った。
「そうだね。
最初から『病院の中で何かを始める』って大きく構えなくてもいいのかもしれない。
まずは、ここにいる三人でカフェに集まって、聖書の話をするくらいなら、小さく始められるんじゃないかな」
その言葉を聞いた瞬間、
私の頭に、またひとつアイデアが浮かんだ。
「最初から牧師先生に来てもらわなくてもいいんじゃないでしょうか。
牧師先生が配信している聖書のメッセージを、三人で一緒に聴くだけでもいいと思います。
時間も三十分くらいで。
本当に簡単な感じで」
口にしながら、
だんだん形が見えてきた。
私たち三人が集まる。
コーヒーを飲む。
スマホから聖書のメッセージを聴く。
それだけなら、
何も大げさに考えなくていい。
すぐにでも始められそうな気がした。
「さっきは、病院の中に教会みたいなものがあったらって言いましたけど、
今は、そこまで考えなくてもいいですよね。
まずは三人で集まって、
メッセージを聴いたり、
一緒に祈ったりする。
その先のことは、神様に委ねる。
今できることを、
できる範囲でやってみる。
それでいいんじゃないでしょうか」
看護師さんの表情が、少し明るくなった。
戸惑うのは当然だと思う。
看護師長という立場もある。
私には分からない病院側の事情も、きっといろいろあるのだろう。
だからこそ、
最初から大きなことをしようとしなくていい。
三人で始める。
それならできる。
私は二人を見た。
「神様に委ねて、まずやってみましょう」
自分で言いながら、
少し不思議な気持ちになった。
私は今まで、
先頭に立って何かを始めたことなどなかった。
ひょっとしたら、
生まれて初めてのことかもしれない。
ほんの小さな一歩だ。
それでも、
与えられた信仰を、
これから少しずつ育てていきたい。
今の私にあるのは、
ただ、その気持ちだけだった。




