第204話 神に委ねて
ほんの少し前まで、
私たちは、
知らない者同士だった。
それなのに今は、
こうして一緒に食事をして、
いろんなことを話している。
そして、
もう一つ、
三人には共通していることがある。
聖書の神様を、
信じるようになったこと。
神様に委ねるという生き方を、
それぞれの形で、
自分のものとして受け止め始めていること。
神様を信じるという一線を越える前の私は、
どんなふうに考えていたんだろう。
うまく思い出せない。
でも、
「神様に頼るなんて、
逃げているみたいだ」
とか、
「自分で頑張ることを、
放棄しているみたいだ」
とか、
そんなふうに思っていた気がする。
今は、
少し違う。
うまく言葉にはできないけれど、
彼女にも、
看護師さんにも、
同じ神様を信じる者同士の、
不思議なつながりを感じている。
ふと彼女を見ると、
看護師さんに何か言おうとしていた。
「私、
明日からでも、
一階のカフェで働かせてもらおうと思います」
看護師さんが、
彼女を見る。
「それで、
ベッド訪問とか、
メンタルの会とか、
少しずつお手伝いさせてください」
彼女は、
ももを膝に乗せたまま、
続けた。
「できることを、
できる範囲でやっていきます」
そして、
少し照れたように、
看護師さんを見た。
「だから、
いつでも声かけてください」
「それと、
私の退院の手続きも、
進めてもらえたらって思ってます」
彼女は、
自分で言いながら笑った。
「一応、
まだ入院患者ってことになってると思うので」
看護師さんの表情が、
少し明るくなった。
「分かった」
彼女の肩を、
ぽんと叩く。
「よろしく頼むね。
心強いよ」
そのやり取りを見ていたら、
私の中にも、
何かが動き始めた。
ずっと、
心のどこかに引っかかっていたこと。
でも、
まだ一度も、
誰にも話したことのないこと。
もう少し、
ちゃんと考えをまとめてから話そう。
そう思っていた。
でも、
今は、
少し話してみたい気がした。
私が黙ったまま考えていると、
彼女がこちらを見た。
「何か言いたそうだね」
「え?」
「あるでしょ」
彼女は、
私の顔を見ながら言った。
「話してみてよ」
看護師さんも、
私を見る。
「私も聞きたい。
何か言いたいんでしょ?」
「はい……」
私は、
二人の顔を交互に見た。
「現実的かどうかは、
分からないんですけど……」
「うん」
「ただ、
ずっと頭の中にあることがあって」
言葉が、
うまく出てこない。
「えーっと……」
彼女が、
すぐに言った。
「うまく言おうとしなくていいよ」
「うん」
私は、
息を整えた。
「私たち、
三人とも、
聖書の神様を信じてるよね」
二人とも、
黙って聞いている。
「でも、
今は三人とも、
教会には通ってないでしょ」
「そうだね」
看護師さんが答えた。
「それでね……」
私は、
自分の中にあるものを、
一つずつ言葉にしていった。
「これは、
私の願いなのか、
ただの思いつきなのか、
それとも神様に何か促されてるのか、
自分でもよく分からないんだけど……」
彼女が、
まっすぐ私を見ている。
「この病院の中に、
聖書のことを、
みんなで聞いたり、
読んだりできる時間があったらいいなって、
思うようになったの」
看護師さんは、
何も言わなかった。
私は、
そのまま続けた。
「最初は、
月に一回でもいいと思う」
「うん」
「牧師先生に来てもらって、
希望する人だけで、
聖書のお話を聞いたり、
一緒に読んだりする時間を作るの」
言いながら、
少しずつ、
自分の考えていたことが、
形になっていく。
「教会って呼べるものじゃなくてもいいと思う」
「聖書を読む会でも、
お話を聞く会でもいい」
私は、
二人を見た。
「最初は、
私たち三人だけでもいい」
彼女の目が、
少し大きくなった。
「それで、
もし協力してくださる牧師先生が見つかったら……」
私は、
言葉をつないだ。
「彼女が、
看護師さんのお手伝いをするみたいに、
私も、
その牧師先生のお手伝いをしてみたい」
そこまで言ってから、
急に不安になった。
私は、
ずいぶん勝手なことを言ってしまったのかもしれない。
看護師さんは、
今、
娘さんのことも、
夫のこともある。
そんな時に、
新しいことの話なんて、
するべきじゃなかったのかもしれない。
言ってしまってから、
そう思った。
二人は、
何も言わなかった。
波の音だけが、
私たちの間に聞こえていた。
私は、
自分の膝の上に目を落とした。




