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第203話 ももの意見

「もも、


こっちおいで」


彼女が、


小さな声でももを呼んだ。


ももはすぐに彼女のそばへ来て、


膝の上に収まった。


カールは、


少し離れたところに伏せたまま、


こちらを見ている。


「ももは、


どう思う?」


ももは、


目を丸くして、


彼女の顔を見上げている。


「そう。


やっぱり、


もももそう思うよね」


彼女は、


ももの頭を撫でながら、


カールの方も見た。


「カールも、


たぶん同じ意見だよね」


カールは、


尻尾を一度だけ、


砂の上に打ちつけた。


「ほら」


彼女は、


看護師さんを見た。


「私も、


二匹と同じ意見です」


看護師さんの表情が、


やわらいだ。


「で、


二匹はなんて言ってるの?」


「一番大切なのは、


神様を信じて、


委ねることだって言ってます」


「ほう」


「二つ目は、


娘さんの気持ちを大切にすること」


彼女は、


指を一本ずつ立てていく。


「三つ目は、


できることを、


できる範囲ですること」


ももを見下ろした。


「だそうです」


看護師さんの口元が、


わずかにほころんだ。


彼女には、


彼女なりの伝え方がある。


私は、


私が思っていることを、


正直に話してみようと思った。


「あの……」


「うん」


「私は、


娘さんがこの病院に転院すること自体は、


悪いことじゃないと思うんです」


看護師さんが、


私を見る。


「でも、


娘さんが今、


看護師さんに会いたくないと言っているなら……」


言葉を選んだ。


「転院を急ぐんじゃなくて、


担当の先生とも相談しながら、


娘さん自身がどうしたいのか、


時間をかけて確かめた方がいいんじゃないかなって思います」


看護師さんは、


ゆっくりうなずいた。


「うん」


そして、


私の顔を見た。


「ほかにも、


思ってることがあるんでしょ?」


見透かされたような気がした。


「全部、


言ってくれる?」


私は、


少し迷った。


離婚という言葉を、


口にすることにためらいがあった。


聖書は、


結婚を大切なものとして教えている。


でも、


だからといって、


暴力を受け続けることまで、


耐えなければならないとは思えなかった。


私は、


思い切って言った。


「もし、


私が娘さんだったら……」


看護師さんが、


黙って待っている。


「離婚したいって、


思うと思います」


看護師さんの表情は、


変わらなかった。


私は続けた。


「もちろん、


娘さんがどう思ってるかは、


私には分かりません」


「うん」


「でも、


もし娘さんが、


夫と離れたいって言わなかったとしても……」


言葉が、


そこで止まった。


「それだけで、


夫のところへ戻りたいんだって、


決めつけない方がいいような気がするんです」


看護師さんが、


こちらへ体を向けた。


「どういうこと?」


「うまく言えないんですけど……」


私は、


砂の上に目を落とした。


「ずっと怖い思いをしていたり、


相手に強く支配されていたりすると、


自分が本当はどうしたいのか、


うまく言葉にできないこともあるんじゃないかなって」


二人とも、


黙って聞いている。


「だから、


娘さんの言葉を疑う、


っていう意味じゃないんです」


私は、


顔を上げた。


「娘さんが言うことは、


ちゃんと大切にする。


でも、


一度言った言葉だけで、


すぐに結論を出さない」


看護師さんの目を見た。


「担当の先生にも相談しながら、


娘さんが安心できる状態で、


何を望んでいるのか、


ゆっくり確かめていく方がいいんじゃないかなって……」


自分でも、


ずいぶん長く話していることに気づいた。


「私は、


そう思います」


看護師さんは、


すぐには答えなかった。


海の方を見て、


静かに息を吐いた。


それから、


私を見た。


「ありがとう」


「……はい」


「あなたの言ってること、


大事だと思う」


看護師さんは、


自分に言い聞かせるように続けた。


「娘の気持ちを尊重するって、


娘が言ったことを、


何でもそのまま決定にするってことじゃないんだね」


「はい。


私は、


そう思います」


「本人の言葉を大切にしながら、


急がない」


看護師さんは、


うなずいた。


「先生たちとも相談する」


そして、


ももを撫でている彼女を見た。


「一人で決めない」


彼女が言った。


「それがいいと思います」


それから、


私の方を向いた。


「今の、


すごく大事なことだと思うよ」


私は、


少し戸惑った。


「そうかな……」


「うん」


彼女は、


またももの背中を撫で始めた。


私は、


自分でも少し驚いていた。


最初から、


こんなことを言おうと決めていたわけではない。


話しながら、


一つずつ、


自分の中にあったものが、


言葉になっていった。


カールは、


まだ少し離れたところに伏せている。


ももは、


彼女の膝の上で、


すっかり落ち着いていた。


海から吹いてくる風が、


三人と二匹の間を、


静かに通り抜けていった。

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