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第201 話 明日のご飯

しだいに、


夕焼けのオレンジ色が薄れていく。


代わりに、


淡い紫色が、


さっきまでとは違う景色を作り始めた。


波の白さも、


少しずつぼやけていく。


駅の方から、


電車がホームへ入ってくる音が、


静かに響いてきた。


あと数時間もすれば、


今日という一日が終わる。


そして、


また明日が来る。


そんなふうに、


毎日は繰り返されていく。


私は、


ふと思った。


心配して、


まだ起きてもいないことまで考えて、


心を痛め続ける生き方から、


少しずつ離れていきたい。


駅から、


電車がゆっくり動き始めた。


あの電車の中にも、


窓の外の景色を眺めながら、


穏やかな気持ちで座っている人がいるのだろう。


反対に、


何かが心配で、


泣きそうな気持ちの人もいるかもしれない。


でも、


電車は、


乗っている人が何を考えていても、


同じ線路の上を進んでいく。


私たちが心配しているからといって、


電車が速くなったり、


遅くなったりするわけではない。


明日も、


少し似ているのかもしれない。


私が今日、


どれだけ心配しても、


明日は明日の時間にならなければ、


やって来ない。


私は、


看護師さんが「すごい」と言った御言葉を、


もう一度、


心の中で繰り返した。


『明日のことは、


明日が心配します』


指先で、


砂に触れる。


冷たくなり始めた砂が、


指の間から、


さらさらとこぼれていく。


また私は、


一人で考え込んでいた。


『明日のことは、


私が心配しなくてもいいんだ。


明日のことは、


明日が心配するんだ』


少しずつ、


この御言葉が、


自分の中に入ってくるような気がした。


彼女が、


私の肩を、


ポン、ポン、と叩いた。


顔を上げると、


看護師さんも、


こちらを見ていた。


彼女が言った。


「今、


何考えてたの?


言ってみてよ」


私は、


ちょっと気の利いたことを言ってみたくなった。


でも、


何も浮かばなかった。


私には、


やっぱり簡単な言葉しかなかった。


「心配を、


自分一人で抱え続けなくてもいいってこと」


二人が、


私を見る。


「神様は、


私たちが思い煩いの中で、


ずっと苦しみ続けることを、


望んでおられないんじゃないかなって」


それだけ言って、


黙るつもりだった。


でも、


次の言葉が、


勝手に口から出てきた。


私は、


看護師さんを見た。


「もし……」


「うん?」


「もし、


ももとカールが、


明日もちゃんとご飯をもらえるだろうか、


ミルクをもらえるだろうかって、


毎日心配してたら……」


看護師さんが、


私を見る。


「悲しくないですか?」


自分でも、


どうしてこんなたとえが出てきたのか、


分からなかった。


看護師さんは、


ももとカールを見た。


「まあ、


この子たちは、


そんなこと考えてないと思うけど……」


しばらく二匹を見つめる。


「でも、


もし本当に心配してたら……」


看護師さんの声が、


やわらかくなった。


「悲しいね」


ももを見る。


カールを見る。


「そんな心配、


しなくていいのにって思うよ。


明日だって、


ちゃんとご飯あげるのに」


その言葉を聞いた瞬間、


私の中で、


何かがつながった。


「たぶん……」


私は、


ゆっくり言った。


「神様も、


似たように思ってくださってるんじゃないかなって」


二人が、


黙って聞いている。


「私たちが、


まだ来てもいない明日のことまで、


一人で抱え込んで苦しくなっているのを見たら……」


海を見た。


「そんなに抱え込まなくてもいいよって、


思ってくださってるんじゃないかなって」


もちろん、


聖書に、


そんなふうに書いてあるわけではない。


でも、


今の私には、


そう思えた。


『明日のことは、


明日が心配します』


私は、


この御言葉のことを、


考えていた。


そして、


看護師さんを見た。


「娘さんのことも、


ご主人のことも、


心配になるのは当然だと思います」


看護師さんは、


黙って私を見る。


「でも、


心配をなくそうとするんじゃなくて……」


少し考えた。


「心配になるたびに、


神様に渡してみませんか?」


看護師さんの目が、


わずかに動いた。


「私たちは、


できることを、


できる範囲でやる」


彼女も、


私を見ている。


「あとは、


神様に委ねる」


二人は、


ゆっくりうなずいた。


その時、


ももとカールが、


こちらを見ていた。


何の心配もしていないような顔に、


私には見えた。


特に、


ももはそうだった。


白い毛が、


海から吹いてくる風になびいている。


私は、


しばらく、


その姿に見とれていた。

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