第195話 祈りの答えなのか
元刑事さんのお宅に伺った日の夜。
私たちにできることは、
祈りながら、
待つことだった。
娘さんの夫から、
また病院へ連絡が来るかもしれない。
もしかしたら、
病院まで来るかもしれない。
自分から姿を消していたのに、
今になって、
娘さんの居場所を知ろうとしている。
何のためなのだろう。
何を考えているのだろう。
私には、
それが分からなかった。
分からないことが、
怖かった。
看護師さんも、
どこか落ち着かない様子だった。
何かできることはないだろうか。
そう考えても、
今は元刑事さんや病院に任せて、
待つしかない。
そんな時間が続いた。
*
二日後。
昼を少し過ぎた頃だった。
看護師さんのスマホが鳴った。
画面を見た看護師さんが、
すぐに電話に出る。
元刑事さんからだった。
「もしもし」
電話の向こうから、
落ち着いた声が聞こえてくる。
「まず、
落ち着いて聞いてくださいね」
看護師さんの表情が、
わずかにこわばった。
「はい……」
「娘さんのご主人のことで、
新しく分かったことがあります」
「……はい」
「先ほど、
空き巣の現行犯で、
逮捕されたそうです」
「えっ……」
看護師さんの声が、
ひっくり返った。
「今のところ、
私が確認できているのは、
それだけです」
元刑事さんは、
ゆっくり続けた。
「私の方でも、
もう少し事情を確認してみます。
分かったことは、
必ずお伝えしますから」
「私は……」
看護師さんが、
言葉を詰まらせた。
「私は、
どうすればいいですか?」
「今は、
慌てて動かない方がいいと思います」
「……はい」
「娘さんと、
お母さまのお気持ちを第一にしながら、
一つずつ考えていきましょう」
「はい……」
「また今日中に、
こちらからご連絡します。
それまで、
少し待っていてください」
看護師さんは、
何度もうなずいている。
「分かりました……。
お願いします」
電話が切れた。
部屋の空気が、
急に重くなったように感じた。
看護師さんは、
スマホを握ったまま、
動かない。
彼女が、
心配そうに顔を覗き込んだ。
「何があったんですか?」
看護師さんは、
すぐには答えなかった。
彼女の表情も、
だんだん険しくなっていく。
「看護師さん……。
話してください」
私は、
彼女の胸の前に、
そっと手を出した。
少し待とう。
そんな気持ちだった。
看護師さんの顔が、
苦しそうにゆがんだ。
私は冷蔵庫を開け、
麦茶を取り出した。
グラスに注ぎ、
何も言わず、
看護師さんの前に差し出す。
看護師さんは、
それを受け取った。
一口飲む。
そして、
ほとんど独り言のように言った。
「空き巣の現行犯で……
捕まったって」
私たちは、
看護師さんを見た。
「逮捕されたって……。
あの人……」
「逮捕……」
彼女が、
小さくつぶやいた。
私と彼女は、
顔を見合わせた。
安心していいのか。
驚けばいいのか。
私には、
分からなかった。
看護師さんが、
ぽつりと言った。
「これも……」
少し間があった。
「祈りの答えって、
思っていいのかねえ……」
誰も、
すぐには答えられなかった。
「……」
看護師さんは、
自分で首を振った。
「ごめんね……」
小さく息を吐いた。
「変なこと言っちゃった」
それから、
私たちを見た。
「私、
『神は愛です』っていう言葉を信じて、
生きていくって決めたんだ」
声が、
少し震えていた。
「それは、
何も変わってないからね」
そして、
もう一度、
小さく首を振った。
「ちょっと……
頭が混乱しただけ」
彼女が、
看護師さんのそばへ行った。
何も言わず、
まるで母親が子どもを包むように、
そっと抱きしめる。
カールも、
ゆっくり看護師さんの後ろへ回った。
そして、
大きな体を、
そっと背中にくっつけた。
前からは彼女。
後ろからはカール。
看護師さんは、
その間で、
じっとしていた。
私は、
何も言えなかった。
逮捕されたと聞けば、
安心するものだと思っていた。
でも、
そうではなかった。
娘さんの夫が、
本当に何を考えていたのか。
これからどうなるのか。
まだ何も分からない。
私は、
安心していいのかどうかさえ分からず、
ただ、
怖かった。




